横浜ラグビー物語~日本初のプレーは「1863年の居留地」

「YC&AC」と日本ラグビーの歴史を語るガルブレイスさん

横浜は日本ラグビー発祥の地だ。日本のラグビーは1899年に慶応大学で始まり、初の対外試合は1901年に横浜の外国人スポーツクラブ「YC&AC」と慶応大学の間で戦われた。これが定説となっている。だが、幕末に外国人の居住が認められた横浜の居留地では、その30年以上前からラグビーを楽しんでいたようだ。

YC&ACのラグビーチームで主将を務めた経験もある歴史家のマイク・ガルブレイスさん(71)によると、それは1863年のこと。横浜の居留地では、前年の生麦事件を受け、勢いを増す攘夷(じょうい)運動から自国民を守るためイギリス艦船の軍人らも集まっていた。「クリケットの試合の合間にボールを蹴ったりパスしたりしたのが、日本でのラグビーの始まりです」とガルブレイスさんは言う。1866年にはアジア最古のラグビークラブ「横浜フットボールクラブ」が設立された。YC&ACはこの流れをくむ。

クラブの名前の通り、当時は「ラグビー」でなく「フットボール」だった。母国イギリスでは、学校や地域によって異なるローカルルールで試合が行われていた。「横浜ルール」はどうだったのだろう。ガルブレイスさんは過去の新聞記事などをもとに「得点方法にはドロップキックなどがあったようだ」と話す。

モリソンが事務所兼住宅として使っていた旧横浜居留地48番館

ボールを手に持って走り出したエリス少年の「伝説」が残るイギリスのラグビー校では、1845年に初めてルールが成文化された。横浜ルールはラグビー校ルールに沿ったものだったらしい。クラブ設立から間もない1870年頃にはラグビー校卒業生2人が在籍していたと聞けばうなずける。一人はジョージ・ハミルトン、もう一人はエヴァン・ジェームズ・フレイザー。ハミルトンはチームの中心選手で主将でもあった。

2人はYC&AC創設者で貿易商のジェームズ・ペンダー・モリソンの仕事仲間で、モリソンの事務所兼住宅だった旧横浜居留地48番館で暮らしていた。2階建てだった48番館の一部は今も山下公園近くに残る。「1863年の居留地」を日本ラグビー発祥の地の「外伝」にとどめておくのは惜しい。

選抜3連覇の桐蔭 藤原監督「常に学ぶ」

「チャレンジしなきゃ」と選手を励ます桐蔭学園の藤原秀之さん

横浜にある桐蔭学園ラグビー部はこの春、全国高校選抜大会で優勝し、3連覇を達成した。大阪の花園ラグビー場が舞台の全国高校大会では、1996年度の初出場以来、優勝1回(2010年度、東福岡と両校優勝)、準優勝5回を誇る。ラグビーワールドカップ(W杯)日本大会では、松島幸太朗、堀越康介の両選手(ともにサントリー)らOBの活躍が期待されている。

日体大卒業と同時に指導を始めた監督の藤原秀之さん(51)は「縦比較」をキーワードに選手の成長を促す。監督就任当時、神奈川のナンバーワンは相模台工業高校だった。1993、94年度に「花園」を連覇した相模台工に勝つことだけを目指した。しかし、花園初出場を決めて気付く。「相手を見て自分たちはどうするかという『横比較』の目標設定では、次のステップにつながらない」

藤原さんにとっては「教える楽しさ」もラグビーの魅力だ

それからは選手個々の能力を高める「縦比較」の目標設定に軸足を移す。ライバルは自分自身だ。昨日より今日、今日より明日と、選手一人一人ができることを増やしていく。選手として最も伸びる「ゴールデンエイジ」の高校時代に基本を徹底的に教え、スポーツ応用心理学の専門家を招いて精神面の成長も図る。卒業後、大学などでチームリーダーを務めるOBが目立つのは、こうした方針も影響しているようだ。

桐蔭学園の悲願は花園での単独優勝だ。藤原さんは「選手が監督やコーチの発想を超えることはなかなかできない。監督やコーチの力量が低ければ花園では勝てない」という。ラストワンプレーで試合をひっくり返すにはどうすればいいか。バックスで勝負か、フォワード戦にこだわるか、ドロップゴールを狙うのか。試合になれば選手が判断する。日頃の練習で、状況に応じた最善のオプションを監督が示し、選手と意識を共有できるかどうかが鍵だ。

そのためにも練習では自ら手本を示すこともある。「今のプレーはどこが良かった?」「悪かったところは?」と、選手の意識を高めるとともに、監督の意図が正確に伝わるようコミュニケーションを欠かさない。

藤原さんが心がけているのは「常に学ぶ」だ。「学んだことをいったんは受け入れて実践してみる。失敗は後からでも修正が利く。同じことの繰り返しでは駄目なんです」

変わることを恐れない挑戦者でもある藤原さんの声がグラウンドに響く。

「失敗してもチャレンジしなきゃ」

3大スポーツイベントの決勝会場

横浜国際総合競技場(横浜市提供)

横浜国際総合競技場(日産スタジアム)ではラグビーワールドカップ日本大会の決勝戦が行われる。

2002年サッカーW杯日韓大会でも決勝会場となり、2020年東京オリンピック・パラリンピックでは男子サッカーの決勝戦も行われる。「世界3大スポーツイベントで決勝会場となる世界初のスタジアムです」と横浜市ラグビーW杯2019推進課長の守屋大介さん(45)は話す。

1997年10月に完成し、収容観客数約7万2000人は国内最大級を誇る。サッカーJ1横浜F・マリノスのホームグラウンドで、ラグビーは2016年9月のトップリーグ東芝―キヤノンが初めての公式試合だった。2017年11月に日本-オーストラリア、2018年10月に伝統の定期戦ブレディスローカップのニュージーランド―オーストラリアの試合が行われた。

ラグビーW杯に向けて、グラウンドはハイブリッド芝に張り替えた。人工芝の間に天然芝を植え付けたカーペット型ハイブリッドシステムを採用し、強度を高めた。競技用照明をLED化し、照度を高めるとともに、瞬間的な点滅も可能となった。

JR新横浜駅から歩いて13分ほど、小机駅からは約7分だ。パブリックビューイングや関連イベントの会場となるファンゾーンを、みなとみらい地区の臨港パークに設ける。市中心部まで足を延ばせば600軒以上がひしめく中華街で食べ歩きも楽しめる。

横浜国際総合競技場の試合日程
9月21日(土)ニュージーランド 対 南アフリカ
9月22日(日)アイルランド 対 スコットランド
10月12日(土)イングランド 対 フランス
10月13日(日)日本 対 スコットランド
10月26日(土)準決勝
10月27日(日)準決勝
11月2日(土)決勝

渡辺 嘉久(わたなべ・よしひさ) 読売新聞東京本社編集委員。1964年、東京都生まれ。1987年、読売新聞東京本社入社。青森支局、社会部、政治部、世論調査部などを経て2013年から現職。「若者と政治」をテーマに幅広い分野を取材する。年間企画「平成時代」、夕刊「密着」なども担当。大学時代に同好会でラグビーを始め、入社以来のブランクを経て40歳過ぎで再開。今も時々、プレーを楽しむ。

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