熊谷ラグビー物語~「タウン構想」28年、着実に具現

ラグビーワールドカップ(W杯)日本大会では、高校ラグビー部員憧れの2会場で、世界のトッププレーヤーが代表のプライドをかけて戦う。一つは、年末から年明けにかけて行われる全国高校大会の舞台、花園ラグビー場(大阪府東大阪市)だ。もう一つが、春の全国高校選抜大会が開催される熊谷ラグビー場(埼玉県熊谷市)だ。

バックスタンドからメインスタンドを望む

「ラグビータウン熊谷」の歩みは、1967年の埼玉国体でラグビー会場となったことが始まりと言えるだろう。当時の国体は「教員の部」があり、埼玉県は強化のため大学ラグビー経験者を教員に採用した。高校の体育の授業でラグビーが取り入れられるようになり、ラグビーは熊谷に根付いた。

1980年代のラグビーブームを知る熊谷市ラグビーW杯2019推進室長の島村英昭さん(58)は「『ラグビーを高校で3年間やっていました。授業ですけど』と自己紹介していました」と話す。

県内の実力高で「花園」の常連だった熊谷工高が、1990年度に全国制覇する。91年3月、当時としては全国有数のラグビー場(改修前の熊谷ラグビー場)が完成すると、市は総合振興計画でラグビータウン構想を掲げる。これを具体化したのが2000年度に始まった全国高校選抜大会だ。今年度で20回となり、「西の花園」に対する「東の熊谷」も定着しつつある。

ラグビー場完成や全国高校選抜大会開催などは県ラグビー協会や市が主導して実現してきた。今回のラグビーW杯日本大会について、島村さんは「目指すは『ワンチーム熊谷』だ」という。ラグビータウン構想を推進してきた競技団体と行政に、市民を加え、熊谷総ぐるみで大会を成功に導く。

JR熊谷駅に貼られた「スクマム!クマガヤ」のポスター

市内には肩を組んだクマが前進する「スクマム!クマガヤ」のポスターが掲示され「思い出は、ひとりじゃつくれない。だから、クマガヤのみんなでスクラムを組もうじゃないか」と呼びかける。

熊谷市は熊谷ラグビー場で行われる3試合で計1万5000枚のチケットを購入し、市内の小中学生がまとまって観戦できるよう手配した。島村さんは「熊谷で行われたW杯の試合を生で観戦すれば、必ず記憶に残る。語り継がれてレガシー(遺産)になる」と訴えた。

名スクラムハーフが背負った重責

背番号「9」の少年像とラグビーボールのモニュメント

JR熊谷駅前には「ラグビータウン熊谷」を象徴するモニュメント「ラグビーボールと少年」がある。大きなラグビーボールに乗った少年が天を仰ぎ、背番号「9」を付けている。ポジションはスクラムハーフだ。

「ラグビー小僧」の愛称で親しまれている少年像について、島村さんは「『マサミ君』とも呼ばれていました」と教えてくれた。

「マサミ君」は、県ラグビー協会が市にモニュメントを寄贈した1996年当時、現役のスクラムハーフとして活躍していた堀越正己さん(50)のことだという。熊谷工高から早大、神戸製鋼に進み、ラグビーW杯にも出場した堀越さんは今、熊谷市を活動拠点とする立正大ラグビー部の監督を務める。

8月中旬、東京都内で会った堀越さんにそのことを伝えると、「本当ですか? まあ、勘違いだとしてもありがたいですね」と、苦笑した。

熊谷にはもう一人、同じく日本代表を経験し、「9」を背負った名選手がいた。熊谷高から早大に進み、代表監督も務めた宿沢(しゅくざわ)広朗さんだ。2006年に55歳で急逝した。

堀越さんは早大1年の時に、宿沢さんの指導を受けている。スクラムハーフは、ディフェンスでは味方が抜かれたりボールを蹴られたりした場合に備える必要がある。走力と「読み」が求められるポジションだ。「幅70メートルのグラウンドの両端に置かれた練習用ダミーの間を往復し、タックルを繰り返しました。味方ディフェンスをイメージしながらコースを走る。そこから下がってキックボールの処理に走る。いじめられました」と笑う。

日本代表については「ミスと反則をなくすこと。課題はスクラム」と話す堀越正己さん

当時の監督からは「宿沢は100%ボールの落下点にいた。お前はまだ7割だ」と言われた。「負けるものかという思いでやり続けました」

二人に共通するのは素早いボールさばきだが、堀越さんは「僕、パスが投げられなかったんです」と意外な言葉を口にする。

高校1年で控え選手として「花園」に臨んだが、「その時は出たくなかった」と明かす。パスを投げられないから、スクラムやラックなどでは潜り込んで前に進もうとする。「だから『モグ』っていうあだ名がつけられました」

それから半年はパス練習に明け暮れた。理想とする「長くて、速くて、相手が取りやすい軽いパス」は10球に1球程度だったが、「次第にいい感覚のパスが10球のうち2球になり3球になっていった」。

そんなパスのコツは? 「これはお願いするしかないですね。『軽いボールになれ』ってお願いしながら投げて、その後のボールの角度や回転をイメージするんです」

近道はない。ひたすら練習あるのみ、なのだろう。

「そうですね。それと修正点を指摘してくれるコーチや先輩がいてくれた。それがとても良かったと思います」

努力と感謝、ともに歩んでくれる人の大切さを改めて教えられた。

大規模改修・・・タッチライン間近、迫力満点

グラウンドに通じる選手エントランス

1991年に全国でも数少ないラグビー専用スタジアムとして完成した熊谷ラグビー場は、ラグビーW杯日本大会に向けて大規模改修が行われた。

ラグビー専用スタジアムとしての最大の魅力は、スタンドとグラウンドの近さにある。タッチラインまでの距離は、メインスタンド最前列から9メートル、バックスタンドから8メートルだ。グラウンドとの高低差も小さく、選手に近い目線で迫力満点の試合を堪能できる。

円形が特徴的な選手控室

収容観客数は約2万4000人で、W杯では1600席を増設する。4階建てで3階にはVIPラウンジなどがある。

選手控室はロッカーが円形に並ぶ特徴的な造りとなっている。試合前のミーティングでチームの団結が自然と高まりそうだ。アイスバス(氷風呂)も完備し、試合後の選手の回復をサポートする。

芝はアメリカのジョージア大学で開発された新品種「ティフグランド」を採用する。海外ではサッカーW杯の会場で使われた実績があり、乾燥に強いなど耐久性に優れている。日本国内のスタジアムでは初めて導入された。

熊谷ラグビー場の試合日程
9月24日(火)ロシア 対 サモア
9月29日(日)ジョージア 対 ウルグアイ
10月9日(水)アルゼンチン 対 アメリカ

渡辺 嘉久(わたなべ・よしひさ) 読売新聞東京本社編集委員。1964年、東京都生まれ。1987年、読売新聞東京本社入社。青森支局、社会部、政治部、世論調査部などを経て2013年から現職。朝刊教育面「18歳の1票」、夕刊「旅」「史書を訪ねて」などを担当し、幅広い分野を取材。大学時代に同好会でラグビーを始め、入社以来のブランクを経て40歳過ぎで再開。今もプレーを楽しむ。

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