熊本ラグビー物語~震災復興とW杯成功へ「絆」広まる

熊本県庁舎前に立つルフィ像

プロジェクトは、ルフィのメッセージがきっかけだった。「フンバれよー!!」「必ず行くぞー!!」

2016年4月の熊本地震発生を受け、人気漫画「ONE PIECE(ワンピース)」の作者で熊本県出身の尾田栄一郎さんが、主人公の船長ルフィにメッセージを託し、被災した人たちに送った。

ここから始まった「ONE PIECE 熊本復興プロジェクト」によって県庁前に立つルフィの像は、被災した県民を勇気づける。仲間の「麦わらの一味」も手助けに向かう。来年度までに新たに8市町村に像が立つ予定だ。具体的には獣舎が被害を受けた熊本市動植物園には船医のチョッパー、給食センターが被災した益城町にはコックのサンジ、音楽家のブルックは応援歌とジョークで御船町の復興を後押しする。

「たくさんの人が、熊本がんばれと励ましてくれた。復興は途中でも、ここまで来たことを示したい」。熊本国際スポーツ大会推進事務局の徳永法衛さん(51)は強調する。

徳永さんにとっても、熊本地震の前震が起きた2016年4月14日は忘れられない。その1年前に熊本がラグビーワールドカップ(W杯)開催都市に決まり、4月13日は国際統括団体ワールドラグビーが現地視察に訪れていた。最大震度7の前震が起きたのは一行が熊本を離れた翌日のことだった。16日の本震で被害はさらに拡大する。

県や自治体が復旧・復興に追われるなか、W杯開催に向けて側面支援してくれたのはラグビーでつながる仲間だった。同志社大学時代に同年代でプレーした元日本代表の堀越正己さんらに加え、現代表の田中史朗さんなどが熊本入りした。五郎丸歩さんらよるタグラグビー教室も開かれた。

復旧工事が進む熊本城(8月30日撮影)

「ラグビーは決して楽ではないスポーツ。同じような苦しい経験をしているから分かり合え、支え合える」と徳永さんは思う。W杯日本大会では、改修で取り外した熊本県民総合運動公園陸上競技場の座席を、釜石鵜住居復興スタジアム(岩手県釜石市)が活用するといった絆の輪が広がっている。

「週刊少年ジャンプ」で連載20年を超すワンピースには、数々の名言があると聞く。県庁前に立つルフィからは、こんな声が聞こえてきそうだ。

「お前らに会えてよかった。これでもっと仲間を守ることができる!」

「ラグビーで、より良い社会へ」3枚の名刺

「ラグビーにできること」について語る向山昌利さん

熊本高校から同志社大学に進み、トップリーグのNECグリーンロケッツで活躍した元日本代表の向山昌利さん(44)は、3枚の名刺を持ち歩く。流通経済大学准教授、日本ラグビー協会国際協力部門長、一般社団法人子どもスポーツ国際交流協会代表理事の三つの肩書があるからだ。そんな向山さんが自らに問い続けていることは一つ、「ラグビーにできることは何か」だ。

現役時代、ラグビーを教えにタイに行き、現地で「子どもたちが日本でラグビーをしたいと言っている」と聞いた。日本での試合相手はどうするか、滞在中の世話は誰がするか、宿泊先は確保できるか。課題は多かった。所属していたNECやラグビースクールなどの協力で2009年、受け入れを実現できた。

「子ども同士でも、最初は探り合いというか、距離がありました。記念写真を撮っても、タイと日本の子が見事に左右に分かれるんです」

この壁は、日本とタイの混合チームを作って練習を重ねていくうちに取り払われる。日本語とタイ語、片言の英語に身ぶり手ぶりを交えてコミュニケーションを取る。試合でトライをあげればハイタッチをした。「試合後の写真撮影はみんな一緒でぐちゃぐちゃ。誰が日本人で誰がタイ人かわからないような感じでした」

この年、子どもスポーツ国際交流協会の前身となる任意団体を設立した。日本と海外の子どもたちとの交流事業は今も続く。

日本ラグビー協会は、W杯日本大会招致で掲げた「アジアのためのW杯」を具現化する「アジアンスクラムプロジェクト」で、インドでの7人制や車いすラグビー普及などに取り組む。向山さんも国際協力部門長として、また流経大准教授として、東日本大震災の被災地・岩手県釜石市に足を運び、W杯招致と復興について地元の声を聞き、分析を進めている。

釜石鵜住居復興スタジアムではタグラグビーを通じた国際交流「KAMAISHI KIDS TRY」を開催した(8月18日、一般社団法人子どもスポーツ国際交流協会提供)

ラグビーにできることは何か。「このテーマはスポーツと開発、貧困の解消という流れで語られることが多い。社会的課題のほとんどは様々な組織や人材が協力しないと解決できない。ラグビーでより良いチームを作るには、一人一人が一生懸命頑張って協力しないとできない。より良い社会を作るのも同じですよね」

ラグビー、そしてスポーツが社会の抱える課題を直ちに解決することはできない。それでも課題解決に向け、より良い社会の構築に向けた意識の基盤を作ることは可能だ。向山さんの三つの肩書は全てそのためにある。

夏芝と冬芝混合~熊本県民総合運動公園陸上競技場

芝生が色鮮やかな熊本県民総合運動公園陸上競技場

熊本県民総合運動公園陸上競技場は1998年に完成した。翌99年国体の陸上競技会場として整備された。現在の収容観客数は3万228人だ。大型スクリーンを増設し、選手用ロッカー室は県産材を使ってリニューアルした。

同競技場はサッカーJ3・ロアッソ熊本がホームグラウンドとして使っている。ラグビーでは、2017年6月、日本対ルーマニアのテストマッチが行われた。県内初のテストマッチで約1万9000人の観客を集めた。

W杯では10月にグループリーグ2試合が行われる。グラウンドは天然芝で、特に管理に気を配っている。10月は例年、夏芝のグラウンドに冬芝の種をまく時期だ。今年は冬芝の育成に十分な時間をかけるため、作業を1か月早めた。暑さに強い冬芝を探したという。

同公園スポーツ振興課参事の小山賢太郎さん(41)は「試合時は夏芝と冬芝の混合となる。選手には、しっかり根付いた夏芝とクッション性のある冬芝の良さを感じてほしい」と話している。

空から見た熊本県民総合運動公園陸上競技場(熊本県提供)

熊本県民総合運動公園陸上競技場の試合日程
10月6日(日)フランス 対 トンガ
10月13日(日)ウェールズ 対 ウルグアイ

渡辺 嘉久(わたなべ・よしひさ) 読売新聞東京本社編集委員。1964年、東京都生まれ。1987年、読売新聞東京本社入社。青森支局、社会部、政治部、世論調査部などを経て2013年から現職。朝刊教育面「18歳の1票」、夕刊「旅」「史書を訪ねて」などを担当し、幅広い分野を取材。大学時代に同好会でラグビーを始め、入社以来のブランクを経て40歳過ぎで再開。今もプレーを楽しむ。

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