東日本大震災から7年

 
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制作・著作 読売新聞

 東日本大震災の発生から2018年3月11日で7年となり、各地で追悼式典が開かれた。
 震災による死者・行方不明者は震災関連死も含めて2万2000人を超え、今なお避難している人は約7万3000人に上る。地震が起きた午後2時46分、日本列島は犠牲者を悼む鎮魂の祈りに包まれ、人々は復興への決意を新たにした。

犠牲者を悼んで海岸に花を手向ける男性を朝日がやさしく照らし出した(11日午前6時8分、仙台市若林区荒浜で)=冨田大介撮影

朝日に浮かび上がる「奇跡の一本松」に手を合わせる市民ら(11日午前6時9分、岩手県陸前高田市で)=鈴木毅彦撮影

震災後避難先で亡くなった母の墓に手を合わせる塚原忠之さん(61)(下)兄弟(11日午前7時24分、福島県浪江町で)=大原一郎撮影

宮城県気仙沼市階上地区の慰霊碑を訪れる男性(11日午前7時41分)=稲垣政則撮影

旧役場庁舎前で黙とうする職員たち(11日午前8時4分、岩手県大槌町で)=金沢修撮影

同じ保育所に通っていた友だちが遺体で見つかった海上で献花する女子中学生(右から2人目)ら(11日午前10時26分、宮城県気仙沼市で)=稲垣政則撮影

沿岸部の土砂やがれきを取り除き、行方不明者の捜索を行う警察官たち(11日午前10時12分、岩手県陸前高田市で)=鈴木毅彦撮影

東日本大震災の慰霊碑に手を触れる女性ら(11日午前11時4分、仙台市若林区荒浜で)=冨田大介撮影

慰霊碑に手を合わせる人たち(11日午後0時30分、福島県相馬市で)=米山要撮影

新しい防潮堤の上で黙とうする人たち(11日午後2時46分、岩手県陸前高田市で)=鈴木毅彦撮影

慰霊の場となっている日和山の上で、地震発生時刻に黙とうする人たち(11日午後2時46分、宮城県名取市で)=冨田大介撮影

田老地区で亡くなった181人の犠牲者を追悼し、防潮堤で黙とうする約300人の住民ら。奥は建設中の高さ14・7メートルの防潮堤(11日午後2時46分、岩手県宮古市で)=立石紀和撮影

メッセージが書かれた木の葉を海に流す地元の人たち(11日午後2時49分、福島県相馬市の原釜尾花海浜公園で)=米山要撮影

犠牲者の追悼と早期復興の願いを込めて防潮堤から連凧をあげる人たち(11日午後2時50分、岩手県陸前高田市で)=鈴木毅彦撮影

空に向けて一斉に風船を飛ばす出席者ら(11日午後3時6分、宮城県名取市で)=冨田大介撮影

仙台市の震災遺構・旧荒浜小学校の校庭から風船を飛ばす人たち(11日午後3時16分、仙台市若林区の旧荒浜小で)=松下聖撮影

大勢の人々が慰霊に訪れる南三陸町の防災対策庁舎(11日午後3時27分、宮城県南三陸町で)=稲垣政則撮影

「3.11」のあかりをともし海に浮かぶ小舟。海岸には大勢の人が集まり、復興を誓った(11日午後6時4分、岩手県釜石市で)=金沢修撮影

「がんばろう石巻」の看板前で、犠牲者の追悼のためにともされたキャンドル(11日午後6時29分、宮城県石巻市で)=関口寛人撮影

東日本大震災の犠牲者を追悼し、キャンドルに火をともす人たち(11日午後6時3分、名古屋市中区で)=橘薫撮影

10日午後9時46分(日本時間11日午後2時46分)、米サンタモニカの海岸でろうそくをともし、東日本大震災の犠牲者を追悼する日米両国の市民ら=田原徳容撮影

東日本大震災7年・地域の鎮魂と再生の願いを込め夜空に光の柱が浮かび上がった「南相馬光のモニュメント」(10日午後7時43分、福島県南相馬市で)=大原一郎撮影

【撮影】読売新聞写真部【制作】読売新聞メディア局編集部
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