「原爆の図」調査、修復

被爆者の声 後世に

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制作・著作 読売新聞
 77年前の夏、広島と長崎に原爆が投下された。幽霊のよう に破れた皮を引きずりながら歩く人々の列、燃えさかる炎、変 わり果てた姿で抱きあう姉と妹。投下からすぐに、焼け野原と なった広島に駆けつけ、放射線にさらされながら見聞きした光 景を32年間にわたり描き続けた画家がいる。丸木位里(い り)、俊夫妻だ。  「原爆の図」。痛ましい惨禍を記録し、未来の平和を希求し た15部の連作は、第1部の発表から72年が経過し、初めて の本格的な調査、修復が始まっている。  「絵に込められた被爆者の思い、声を後世に残していくため にも、今、修復が必要」。昨年12月、14部までを展示する 埼玉県東松山市の「原爆の図丸木美術館」の学芸員、岡村幸宣 さん(48)らの手で、第1部「幽霊」は愛知県長久手市の県 立芸術大文化財保存修復研究所へ運び出された。経年劣化や虫 食いによる傷みを修復し、再び戻ってくるのは来年3月の見込 みだ。  光学調査やX線調査で顔料を特定し、修復方針を決定。ピン セットで絵画の裏に貼られた和紙を慎重にはがす作業では息を 詰める。クリーニング用に敷いた紙には、水を含ませた作品か らしみ出た経年の汚れが黄色く吸い取られた。「この絵にもい にしえの文化財と同様に、『後世に残していく』という人々の 思いをつなげる力がある」と同研究所の磯谷明子さん(44) は話す。  位里の故郷・広島の風景に似ていると、丸木夫妻が移り住ん で創作に励んだ地に建てられた同美術館。運営は有志の寄付に 頼っており、1部に数百万円かかる修復費は決して安くない。 それでも、「実物を目の前にした体験は必ず心の片隅に残り、 その一人一人の気持ちが平和につながっていく」と岡村さんは 願い、その後の連作を修復するためにも寄付を呼びかけ続けて いる。  6月末、同美術館を平和学習で訪れた立教女学院中(東京) の3年生が話していた。「絵から聞こえる叫びをすべて受け止 めているような感覚で苦しかった」「戦争のない世の中になる ために、将来もこの場とこの絵が残り続けてほしい」  海外も巡回し、被爆の実情を広く伝え続けた「原爆の図」。 丸木夫妻がそこに描いた人物はデッサンも含めて900人にの ぼる。多くの被爆者たちの声と夫婦の願いは修復を経て、後世 に引き継がれていく。(写真と文 冨田大介) (2022年8月1日公開)

発表から72年が経過し、初めての本格的な調査、修復のために愛知県立芸術大の文化財保存修復研究所に運び出される第1部「幽霊」(2021年12月16日、埼玉県東松山市の「原爆の図丸木美術館」で)

「原爆の図丸木美術館」の学芸員・岡村幸宣さんらの手により第1部「幽霊」が慎重に梱包された(12月16日、埼玉県東松山市で)

学生の頃、出会った原爆の図に衝撃を受け、「原爆の図丸木美術館」で働き続ける学芸員の岡村幸宣さん。運び出される作品をじっと見つめた(12月16日、埼玉県東松山市で)

調査、修復のため運び出された第1部「幽霊」。搬出された後、学芸員の岡村幸宣さんが静かにぞうきんがけをしていた(12月16日、埼玉県東松山市の「原爆の図丸木美術館」で)

光学調査やX線調査で顔料や内部の様子を分析する愛知県立芸術大文化財保存修復研究所の研究員。ピンポイントで詳細にデータを取り込み、作品に起こっている様々な変化を特定し、修復の方針を立てる(2022年1月21日、愛知県長久手市で)

X線調査で作品の画材や内部の様子を調べる(1月21日、愛知県長久手市で)

光学調査やX線調査で取ったピンポイントのデータを書き込んでいく。画材や傷み具合、損傷部位を特定し、修復方針を立てていく(1月21日、愛知県長久手市で)

光学調査で作品を詳細に調べていく愛知県立芸術大学文化財保存修復研究所の研究員(1月21日、愛知県長久手市で)

光学調査で作品を詳細に調べていく愛知県立芸術大学文化財保存修復研究所の研究員(1月21日、愛知県長久手市で)

傷んだ裏打ち紙などをピンセットで取り除いていく地道な作業が続く(5月16日、愛知県長久手市の愛知県立芸術大学文化財保存修復研究所で)

傷んだ裏打ち紙などをピンセットで取り除いていく地道な作業。虫食いなどの欠損箇所を見つけると、穴埋めをする(5月16日、愛知県長久手市で)

虫食いなどの欠損部分を見つけるとその都度、穴埋めしていく(5月16日、愛知県長久手市の愛知県立芸術大学文化財保存修復研究所で)

水を含ませた作品を慎重に移動させる愛知県立芸術大学文化財所存修復研究所の研究員ら(5月16日、愛知県長久手市で)

クリーニング用に敷いた紙には、水を含ませた作品からしみ出た経年の汚れが黄色く吸い取られた(5月16日、愛知県長久手市で)

クリーニング用の紙には、水を含ませた作品からしみ出た経年の汚れが黄色く吸い取られた(5月16日、愛知県長久手市で)

カーテンが閉め切られた暗い部屋に作品が浮かび上がる。通常の光では分かりにくい素材の状態を透過光によって確認する(5月16日、愛知県長久手市で)

建物の補修や今後の作品修復のため、美術館はカンパを呼びかけ続けている(6月28日、埼玉県東松山市で)

「原爆の図丸木美術館」に平和学習に訪れた立教女学院中の3年生ら。修復中の第1部「幽霊」は複製展示だが、描かれた原爆の生々しい惨禍に皆が圧倒された(6月28日、埼玉県東松山市で)

「原爆の図丸木美術館」に平和学習に訪れた立教女学院中学の3年生。修復中の第1部「幽霊」は今は複製展示だ(6月28日、埼玉県東松山市で)

【撮影】読売新聞写真部・冨田大介
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