震災8年

LENS 防潮堤とともに

 
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LENS 防潮堤とともに

「あの日」からまもなく8年。津波に襲われた地域では、防潮堤が日常の風景になりつつある。防潮堤とともに暮らす被災地の今を見つめた。

宮古湾の藤原ふ頭の防潮堤。高さ10.4㍍の防潮堤前を散歩する男性(66)。旧防潮堤のおかげで自宅は床上浸水で済んだ。防潮堤がなく、甚大な被害を受けた場所もある。「一長一短、安全面を考えればしょうがないんじゃないのかな」(2月10日午前、岩手県宮古市で)=清水健司撮影

小友浦海岸付近の防潮堤。海と陸とを隔てる巨大な防潮堤の白いラインが、夕日の残照で白く浮かび上がっていた(2月10日午後、岩手県陸前高田市で)=上甲鉄撮影

宮城県の沿岸部に延々と延びる防潮堤。周辺には広大な植林地が広がる(2月17日午前、宮城県山元町で、読売ヘリから)=冨田大介撮影

宮城県石巻市雄勝町波板地区の防潮堤(全長約100メートル)の一部には、地元特産の硯(すずり)に使われる「玄昌石(げんしょうせき)」があしらわれている。石が隙間なく貼られる側面は、モザイクのようだ(2月24日午後、宮城県石巻市で)=関口寛人撮影

石の仕事に携わる町の住民は少なくなった。「雄勝は石の町なんだということを忘れてほしくない」。近くに住む青木甚一郎さん(66歳、左)は、防潮堤を見つめる(2月24日午後、宮城県石巻市で)=関口寛人撮影

波板地区では東日本大震災で4人が犠牲になり、かつて暮らしを営んでいた約20世帯も、今では半減した。このまま、古里が地図から消えてしまうようなことがないように――。青木さんはそう願いながら、地元の記憶を伝えるこの場所を日々訪れている(2月24日午後、宮城県石巻市で)=関口寛人撮影

陸前高田市長部漁港。築かれた巨大な防潮堤の壁沿いには、最近海中から引き上げられたという、3・11で被災した乗用車がぽつんと置かれている。あの日を伝える朽ちた車と、あの日を機に造られた巨大な「壁」の前を、漁業を再開した漁師たちが軽トラックで行き来する(2月25日午前、岩手県陸前高田市で)=上甲鉄撮影

福島県新地町の被災地には、変わった形の防潮堤がある。東日本大震災の津波で約70世帯が全壊して8人が亡くなった埒(らち)木崎地区。三滝川と埒川が河口部で合流する付近で、河川設備と一体にした防潮堤を造った(2月27日午前、福島県新地町で)=鈴木毅彦撮影

海に対して直角の方向に位置する水門に、幅を広げるなどして強度を高めた防潮堤をつないだところ、こんな形状になった。周辺では、農地の復旧が進む(上甲鉄、鈴木毅彦)(2月27日午前、福島県新地町で)=鈴木毅彦撮影

東日本大震災の津波で、壊滅的な被害を受けた岩手県山田町。震災後、船越公園はがれきなどの置き場として使われてきたが、2017年4月に再び整備され、地元住民らの憩いの場に戻った(3月3日午前、岩手県山田町で)=武藤要撮影

東日本大震災の津波で、壊滅的な被害を受けた岩手県山田町。震災後、船越公園はがれきなどの置き場として使われてきたが、2017年4月に再び整備され、地元住民らの憩いの場に戻った(3月3日午前、岩手県山田町で)=武藤要撮影

津波で死者・行方不明者が約1800人に上った岩手県陸前高田市。青く染まった日没後の景色の中で巨大な防潮堤が海と陸とを隔てている。手前には「奇跡の一本松」。陸側では住宅の再建も徐々に進み、街明かりも少しずつ増えてきた(3月3日午後、岩手県陸前高田市で)=上甲鉄撮影

空に星のきらめきが残る黎明の宮古港(岩手県宮古市)。「サッパ船」と呼ばれる小さな漁船が並ぶ鍬ヶ崎地区の水際で、6人の漁師がドラム缶にたいた火で暖をとっていた。狙うのは沿岸のタコなどだ。背後には、高さ10・4メートルの防潮堤がそびえる(3月6日午前、岩手県宮古市で)=武藤要撮影

東日本大震災で、岩手県宮古市鍬ヶ崎地区では約1100棟が全半壊し、港の船や漁具をしまう小屋も流失した。震災後は、さおや箱めがねなどを漁のたびに自宅から岸まで運んでくる。「小屋がないから、外で海の音を聴いたり、波の様子を見たりして、『船出すか』って話しているのさ」(3月1日午前、岩手県宮古市で)=武藤要撮影

穏やかな海に朝の光が差し込むと、漁師たちは慌ただしく船に乗り込んでいった(2月27日午前、岩手県宮古市で)=武藤要撮影

ソフトテニスの壁打ち練習に励む中学生。球をはね返してくれるのは高さ7・5メートルの防潮堤だ(3月2日、岩手県大船渡市で)=関口寛人撮影

日常の風景となった防潮堤。よき練習相手でもある(3月2日、岩手県大船渡市で)=関口寛人撮影

気仙沼市唐桑町の荒谷前海岸に造られた防潮堤。海を見るために散歩に訪れた男性と孫が、空へと続いていくかのような、51段の階段を上っていった(3月2日午後、宮城県気仙沼市で)=上甲鉄撮影

高校卒業後、離ればなれになってしまう友達4人と荒浜の防潮堤でスケートボードをする男性(18)。「ここで1回、みんなと滑りたかった」。震災、津波のつらい記憶を呼び起こす防潮堤が「散歩や自転車乗ったり、スケボーしたり。楽しいことに使って、笑顔に慣れる場所にもなってほしい」と思う(3月3日、仙台市で)=関口寛人撮影

【撮影】読売新聞写真部【制作】読売新聞メディア局編集部
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