さよなら ノムさん

大打者・名監督の軌跡

読売新聞オンライン
制作・著作 読売新聞

2019年1月24日、東京都千代田区で撮影

 プロ野球史に残る大打者で、名監督だった野村克也さんが11日、亡くなった。84歳だった。警視庁関係者によると、病死とみられる。
 野村さんは1954年、京都・峰山高校からテスト生として南海(現・ソフトバンク)に入団。球界を代表する強打の捕手として活躍し、65年には三冠王を獲得。歴代2位の通算657本塁打を記録。90年からはヤクルトの監督に就任し、3度の日本一に輝いた。阪神や楽天でも監督を務めた。

プロ野球歴代2位の通算657本塁打を放った

力強いスイング

南海時代、東映戦でホームランを打ち、三塁ベースを回る。右は鶴岡一人監督

投手を勝たせる名捕手だった。1976年8月24日の阪急戦で

パリーグ優勝決定シリーズを制した南海ナインが、野村監督を先頭にグラウンドを一周。1973年、西宮球場で撮影

ロッテ入団の記者会見で、金田正一監督と。1977年11月撮影

西武移籍後、古巣の南海戦で通算3000試合出場を達成し、花束を受け取る。1980年8月撮影

ヤクルト監督時代、抑えの高津臣吾と握手。1993年9月撮影

1993年の日本シリーズ前、西武の森監督と舌戦を展開

1997年の日本シリーズで西武を破って優勝、胴上げされた

ウエディングドレス姿の妻・沙知代さんを、ブライダルデザイナーのショーでエスコート。1994年2月撮影

阪神監督時代、ベンチで戦況を見つめる野村監督。2001年10月撮影

社会人野球のシダックスも率いた。2003年の都市対抗野球決勝で

楽天監督時代、審判の判定に抗議。2009年4月撮影

CS第1ステージ突破を決め、楽天時代の田中将大からウイニングボールを受け取る。2009年10月17日撮影

2009年10月、楽天ファンに今季限りの退任を報告する野村監督

講演や野球解説も絶大な人気を誇った。2010年1月、自民党大会で撮影

OB戦に集まった(後列左から)長嶋茂雄、張本勲、王貞治の3氏と。2018年2月撮影

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