1964国内聖火リレーの記憶

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1964年9月7日、米国統治下の沖縄に空路到着した聖火は4ルートに分かれて全国をつないだ。随走者約20人を従えた正走者には当時16歳から20歳までの若者が選ばれた。約1か月後、東京に集まった聖火は一つになり、10月10日の秋晴れの開会式で、最終走者の坂井義則さんによって国立競技場の聖火台に点火された。

日の丸、オリンピック旗、星条旗の下で赤々と燃える聖火(沖縄、奥武山競技場で)

第3コースの第1走者にトーチを手渡す町村北海道知事。1964年9月9日

青森県庁前を出発する聖火。手前は日本海側を走る第3コース、奥は太平洋側を行く第4コース。1964年9月19日

広島原爆慰霊碑前を走る聖火(後方は原爆ドーム)1964年9月20日

聖火台にオリンピアの火。高松市役所前につめかけた歓迎の6万人。1964年9月20日

第4コース、盛岡市-北上市間、稲刈り中の農民も手を振って聖火ランナーに声援、石鳥谷町で。1964年9月24日

県境で石破鳥取県知事(右)から兵庫の坂井副知事に引き継がれた聖火。1964年9月26日

第2コース、和歌山県庁前の聖火台に点火。1964年9月26日

第4コース、黒磯町-宇都宮市間、黒磯町の晩翠橋を行く聖火ランナー。1964年10月1日

第3コース。埼玉との都県境の戸田橋を渡って東京に向かう。1964年10月7日

第4コース、都庁に向け走る聖火リレーを見ようと、2階の窓も鈴なりの顔・都電泪橋電停前で。1964年10月7日

第1コース、国会議事堂をバックに都庁に向かう聖火ランナー。1964年10月9日

1964年10月10日午後3時9分、坂井義則さんが国立競技場の聖火台に点火

   地上リレー総距離:6755キロ
   総区間数    :4374区間
   海上リレー総距離: 378キロ
   参加走者総数  :10万713人
(数字は東京大会公式報告書より)

東京五輪・開会式。オレンジ色の巨大な炎がともった聖火台。体操の小野喬選手の選手宣誓が終わると同時に8000羽のハトが放たれた。国立競技場で。1964年10月10日

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