平昌冬季五輪

「瞬」

 
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制作・著作 読売新聞

雪と氷の舞台で躍動する選手たちの心情を、一枚の写真に切り取ります。

鼓舞せよ乗り越えろ  隆起した雪のコブが、荒れた海原のように広がる。その先 に、堀島行真(中京大)は五輪の魔物を見たのだろうか。  9日のフリースタイルスキー男子モーグル予選。スタート台 からの景色に、体が締め付けられた。群衆の目。五輪のマー ク。初めての夢舞台は、独特な雰囲気に包まれていた。  「すごく緊張した。緊張の方が強く、わくわく感はなかっ た。こんなに多くの人に見られていると思うと、余計に緊張し てしまった」  呪縛を振り払い、白い海原へと飛び出した。第1、第2エア ともに難易度を比較的抑えた技で宙を舞い、硬い波間を切り裂 くように駆けた。5位通過とはなったが、昨年の世界選手権覇 者の果敢な滑りに、大きな歓声が湧き上がった。  「今までの大会はあまり期待されていなくて、自分の中だけ で一番を目指していた部分はある。今は、期待してくださって いる方の思いも力に変え、金メダルを取れるように頑張りた い」  決勝は12日。魔物を味方につけ、頂点を狙う。(田中潤、 写真=若杉和希撮影)
悪夢よ  さらば  ガッツポーズでランディングバーンを駆け抜けた。次の瞬 間、高梨沙羅(クラレ)の頬を涙が伝った。「ここに来て一番 いいジャンプが飛べたので、ホッとして涙が出ました」。日本 女子ジャンプ界初のメダルとなる「銅」を獲得し、4年間の重 圧から解き放たれた。  金メダル候補として注目を一身に集めた前回ソチ大会は4 位。周囲の期待を裏切った自分自身に失望した。助走路を滑り 降り、空中に飛び出すと体が固まり、そのまま雪面へ吸い込ま れていく。そんな悪夢にうなされる夜もあった。  だが、逃げなかった。悔しい気持ちをあえて口に出し、雪辱 を誓った。本番前に、失敗の不安がよぎっても、「暗示をかけ るように、自分を信じて、これまでやってきたことを思い返し た」。無心で飛んだ2本のジャンプは、美しい曲線を描いてK 点を大きく越えた。  目指すと宣言していた金メダルを逃した悔しさと、弱い自分 に打ち勝ったうれしさと、気持ちは「半々」。それでも、「ソ チでの悔しさを2本のジャンプにぶつけられた。楽しんで飛べ ました」。  涙で洗われた曇りのない目が、そこにあった。(増田剛士、 写真=若杉和希撮影)
競い合い 支え合い  ノルディックスキー複合個人ノーマルヒル。後半距離の10 キロを走りきり、2大会連続の銀メダルに輝いた渡部暁斗が、 五輪で自己最高の12位でゴールした弟の善斗を出迎え、肩を たたいて健闘をたたえた。  自然豊かな長野県白馬村で生まれ、伸び伸びと育った2人。 しかし性格は対照的だ。冷静沈着な29歳の兄に対して、「最 後に帳尻が合えばOK」と言うおおらかな26歳の弟。ともに 早大を経て、地元の北野建設スキー部に入り、2人だけの複合 選手として切磋琢磨してきた。成績では圧倒的に兄が上を行 く。「練習の成果がすぐに出るのは向こう。選手としてのセン スは暁斗の方がある」と善斗はうらやむ。  昨年の世界選手権では2人で出場した非五輪種目の団体スプ リントで銅メダルを獲得した。地道な努力で兄の背中を追う姿 を、誰よりも近くで見てきているから、兄は弟の成長をうれし く、頼もしく感じている。  20日の個人ラージヒルの2日後に行われる団体戦で、力を 合わせ、6大会ぶりのメダルに挑む。(増田剛士、写真=若杉 和希撮影)
分かち合う 笑顔も涙も  表彰台は残酷だ。スポーツである以上、勝者と敗者は厳然と 存在する。時に、幸せの絶頂にある優勝者の横に、失意の底に 沈む選手が立たねばならない。視界の端にちらつく金メダリス トの輝きに、どのような思いが去来するのだろうか。  15日に行われたフィギュアスケートペアも明暗が分かれ た。逆転優勝を果たしたアリョーナ・サブチェンコ、ブルーノ ・マソ組(独)の笑みには、全てが報われた、無上の喜びがに じんだ。5度目の五輪で悲願を達成した34歳のサブチェンコ は「歴史を作れた」と誇らしげだった。  一方、SP首位から2位に後退した隋文静、韓聡組(中国) の顔には、「無念」以外の感情は読み取れなかった。他の追随 を許さない技術を誇る昨季の世界選手権王者だが、今大会は隋 が足の不安を抱えており、フリーでは二つのジャンプ要素で乱 れた。  合計得点で、わずか0.43点及ばず「本当に金メダルがほ しかった」と涙をこぼした隋。しかし、しばらく後には、20 22年に自国開催される北京五輪へ「この結果が、次の4年の やる気になる」。敗北を踏み台に栄光へ歩みを進められるの も、また、スポーツだ。(前田剛、写真=竹田津敦史撮影)
まな弟子よよくやった!  最終組が終わり、36秒94の小平奈緒(相沢病院)の金メ ダルが決まると、結城匡啓コーチが駆け寄った。用意した日の 丸を、教え子の肩にそっとかけた。ウィニングランを促すよう に肩を軽くたたき、その姿を見送った。  結城コーチが教授を務める信州大の門を小平がたたいたのが 2005年。理論派の研究者と探求心ある教え子。小平が望ん だ時に、いいタイミングで文献や参考記事を差し出すのが結城 コーチだった。  2人の師弟にはいつしか、あうん、の呼吸が生まれるように なった。そして大学入学から13年後、至福の時が訪れた。  学生の時は、「このままじゃ世界で戦えないぞ」と厳しい言 葉をかけるときもあった。だが、もはや「アスリートとしての 生き方、物の考え方が(他の選手とは)一つ違うんじゃない か」。ここに至る苦労や努力は全て見てきた。日の丸を背負い 堂々と滑り出す姿に、指導者の思いも報われた。(上田真央、 写真=武藤要撮影)
終わりなき伝説  時速90キロで助走路を滑り降り、平昌の夜空へ勢いよく飛 び出した。冬季五輪史上最多の8度目の出場を果たした葛西紀 明(土屋ホーム)が、スキージャンプの最終種目、男子団体の 2回目、最後のフライトに臨んだ。  1992年アルベールビル五輪から26年を経て、45歳で たどり着いた8度目の舞台。初めて家族を現地に呼び寄せた。 2014年ソチ大会は銀、銅の二つのメダルを獲得したが、今 大会は手が届かなかった。それでも、世界を相手に戦う姿を一 番身近な家族に見せたかった。「今回は五輪というものを家族 に見てもらうことが一番の目標だった。次は家族がいる前で、 メダルを取りたい」  4年後の舞台は北京。「目指すというか、絶対出る。次は自 分がメダルを取るぞという悔しい気持ちが湧いている。まだま だ行ける」  「レジェンド」の旅はまだ、終わらない。 (増田剛士、写真=上甲鉄撮影)
最後までスマイル  「スマイルジャパン」には最後まで笑顔があった。アイスホ ッケー女子の日本は、20日のスイス戦に敗れて6位で大会を 終えた。しかし、全力でパックを追い、転ばされてもすぐに立 ち上がり、ひたむきにアイスホッケーを楽しんだ。  「五輪の会場で試合することが、すごく楽しみ。あんな人数 の中でプレーできることはないので。人生であんなに気持ちい いことはない」と主将の大沢ちほ(道路建設)は語っていた。  20日の観客は約4000人。国内の試合ではありえない4 年に1度の晴れ舞台だ。ただ、試合後はこらえきれず涙ぐんだ 選手もいた。  メダル獲得という大きな目標を掲げ、山中武司監督が「選手 は人生を懸けてきた」と言うほどトレーニングを積み、競技に 打ち込んできた。それでも、はね返された世界の高い壁。乗り 越えて心の底から笑えるチャンスを、4年後につかみたい。 (前田剛、写真=加藤学撮影)

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