東京2020オリンピック

聖火リレーハイライト宮城

読売新聞オンライン
制作・著作 読売新聞

 東京オリンピックの聖火リレーは、宮城県内を6月19~21日の3日間で総勢280人が聖火をつなぎ、県内の全行程を終えた。復興の希望の火は静岡県に運ばれ、五輪開会式に向けて東京を目指す。
(2021年6月23日公開)

6月19日 日本がボイコットした1980年モスクワ五輪のフェンシング代表に選ばれていた千田健一さん。宮城県内第1走者として参加した(気仙沼市で)=米山要撮影

漁船の近くを駆け抜ける聖火ランナー(19日、宮城県気仙沼市で)=武藤要撮影

出身地の宮城県気仙沼市を走るフリーアナウンサー・生島ヒロシさん(19日)=代表撮影

沿道の人たちに拍手での応援を呼びかける関係者(19日、宮城県石巻市で)=米山要撮影

鈴木典行さんは、ポケットに「鈴木真衣」と書かれた名札を忍ばせ、宮城県石巻市中心部を走った。次女の真衣さん(当時12歳)は、震災の津波で犠牲となった市立大川小の児童・教職員計84人の一人

宮城県石巻市中心部を流れる旧北上川では、孫兵衛船(まごべえせん)に聖火ランナーを乗せて中州まで運んだ(19日、石巻市で)

宮城県女川町の女川小中学校のグラウンドには、仙台市出身の人気お笑いコンビ「サンドウィッチマン」の伊達みきおさんと富沢たけしさんが登場した(19日)=武藤要撮影

6月20日 宮城県2日目のスタート地点、東松島市野蒜ヶ丘(のびるがおか)の集会所で、デフラグビー日本代表の相沢一志さんは、周囲の大きな拍手を受けて走り出した

宮城県東松島市では、東日本大震災での被災から復旧したJR仙石線の特別列車が聖火とランナーを運んだ(20日)

宮城県松島町と塩釜市を結ぶ区間では、松島湾名物の遊覧船遊覧船で聖火を運んだ(20日、松島町で)=米山要撮影

宮城県松島町最終ランナーの小野寺秀俊さんは、聖火とともに遊覧船に乗り込み、約30分かけて塩釜市の桂島へ。島で待ち構えていたランナーにつないだ(20日、松島町で)=米山要撮影

沿道に集まった観客に笑顔で手を振る俳優の千葉雄大さん(20日、宮城県多賀城市で)

全身の筋肉が衰えていく難病の筋萎縮(いしゅく)性側索硬化症(ALS)を患う医師、太田守武(もりたけ)さんが宮城県多賀城市で参加した。額と口の筋肉で動かせる特注の車いすで、時々止まりながら約200メートルを12分かけて走りきった(20日)=武藤要撮影

宮城県丸森町PR大使の歌手・佐藤多恵さん。「一人でも多くの人に笑顔を届けたかった。今は全ての方に感謝の気持ちでいっぱいです」(20日、利府町で)

宮城県2日目の最終ランナーとなった藤山美枝子さん(70)は、おそろいのユニホーム姿の盲導犬・ハッピーとゴール地点の県総合運動公園(利府町)に向かって一歩一歩しっかりと前に進んだ=代表撮影

8歳のハッピーはあと2年で盲導犬を引退する。藤山美枝子さんはゴールのステージに上って聖火皿に聖火を移し、「夢のような時間だった。チャレンジさせてくれたハッピーや家族に感謝したい」と満足した表情で締めくくった(20日、宮城県利府町の県運動総合公園で)

6月21日 千年希望の丘慰霊碑に到着した聖火ランナー(宮城県岩沼市で)=代表撮影

千年希望の丘相野釜公園内を走る聖火ランナー(21日、宮城県岩沼市で)=米山要撮影

東日本大震災の津波で家族を失い、語り部として震災の記憶と命の大切さを伝えてきた佐々木清和さん。復興が進む宮城県名取市閖上(ゆりあげ)の街を走り終えた後、慰霊碑にトーチを置いた(21日)

仙台市の竹沢守雅さんは、10年前の津波で生後約8か月の長男・雅人ちゃんを失った。「雅人と一緒に走りたい」との思いから、震災遺構・荒浜小を出発する際、息子の顔写真を印刷した缶バッジをポケットに忍ばせた。リレー後、缶バッジを着けて報道陣の取材に応じた(21日、仙台市で)

最終ランナーとして、アイドルグループ「Hey!Say!JUMP」の八乙女光さん(左から4人目)と、10代の若者9人で構成される「みやぎ未来のオリパラアスリートチーム」が聖火を特設ステージまで交代で運んだ(21日、仙台市陸上競技場で)=米山要撮影

【撮影】読売新聞写真部、地方部、代表取材班
  読売新聞オンライン
Copyright (C) The Yomiuri Shimbun.
今回取り上げた写真の一部は、「よみうり報知写真館」で購入できます