台風19号から1年

台風乗り越え 色づく秋

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制作・著作 読売新聞

 昨年10月の台風19号の上陸から1年。東日本を中心に、甚大な被害を受けた農産地も少なくない。苦難に立ち向かってきた生産者らは、格別な思いで今年の実りの秋を迎えている。(写真部取材班)=2020年10月19日公開

 リンゴの産地として知られる長野市赤沼地区。中村太士さん(38)は、祖父の代から続くリンゴ農家だ。「こうして収穫できるのがうれしい」。色づいた実をもぎながら、苦しくも前を向いてきた1年を振り返った。

収穫も間近。実の色付きを良くするため葉を間引く作業をする中村さん。「去年の今頃は汚れたリンゴを廃棄するため落としていた。収穫が近づくとやっぱりうれしいよ」(10月15日、長野市で)=大原一郎撮影

 昨年10月13日早朝、避難した高台から目にしたのは、濁流にのまれた街並みだった。千曲川の堤防が崩れ、2ヘクタールの畑ではリンゴの木々が茶色の水に沈んだ。「泥水につかったものは意地でも出せない」と、収穫直前だった約60トンを廃棄した。

千曲川が増水し決壊した堤防(2019年10月13日、長野市で、読売ヘリから)=関口寛人撮影

 自宅1階は水没し、農機具も失った。収入がなくなり廃業も考えた。それでも踏ん張ろうと思い直した。自分の畑だけでなく、ボランティアとともに高齢者の畑のがれきを片づけた。やむなく離農を決めた人の農地は借り受けて手入れをした。「みんながやめれば地域が廃れる」という思いが背中を押した。

冠水した長野市赤沼地区(2019年10月13日、長野市で、読売ヘリから)=関口寛人撮影

 そうして迎えたこの秋。「気持ちが入っている分、例年に負けない、味のいいリンゴができた」と胸を張る。「この味を待っている人がいる。被災前より元気な産地にするスタートラインに立てたかな」

 「あんな目にあったのに、リンゴの木は強いね」。その姿に中村さんはずいぶん励まされた。「いろいろなことがあった1年。助けてくれた人や農家同士のつながりができたことは何物にも代えがたい」(10月5日、長野市で)=大原一郎撮影

中村さんの倉庫の壁には、全国から訪れたボランティアらの励ましのメッセージが書き込まれている(9月17日、長野市で)=大原一郎撮影

作業の合間に近くの畑の先輩農家夫婦と談笑する中村さん。共に災害を経験し「生産者同士助け合い、強い絆ができた」と感じている(10月4日、長野市で)=大原一郎撮影

中村さんも参加する地域の獅子舞保存会が被災から1年を前に久しぶりに練習を再開した。自宅や畑が水につかったメンバーも多く、会員にとって大変な一年だった。長年練習場所としていた寺が全壊し解体されることになったため、最後の舞を奉納しようと練習に集まった(9月17日、長野市で)=大原一郎撮影

豪雨災害に備え、昨年の台風で決壊した千曲川の堤防に土のうを積む作業が行われていた(9月18日、長野市で)=大原一郎撮影

近くの寺で営まれた慰霊と復興祈願の法要。寺も浸水し、未だ床板は剥がされたままだった(10月4日、長野市で)=大原一郎撮影

畑の作業を切り上げ法要に出席した中村さん。「大変な1年だったが気持ちの区切りになった。地域のためにも前に進みたい」(10月4日、長野市で)=大原一郎撮影

地域の被災農家から折れたリンゴの木を買い取り、薪にしてインターネットで販売している。「りんごの灯火(あかり)」と付けた名前は「少しでも被災農家の収入になり、前を向いてもらいたい」という思いが込められている(9月17日、長野市で)=大原一郎撮影

収穫に向け家族や親戚皆で作業にあたる。畑がにぎやかになる季節だ(10月15日、長野市で)=大原一郎撮影

「気持ちが入っている分、例年に負けない、いいリンゴができた」と胸を張る中村さん。「この味を待ってくれている人がいる。被災前より元気な産地にするスタートラインに立った感じかな」(10月14日、長野市で)=大原一郎撮影

 宮城県丸森町の農家、大槻光一さん(72)は、山あいの棚 田で黄金色の稲穂を見渡す。「日本の棚田百選」にも選ばれた 同町の「沢尻の棚田」には大小様々な田んぼが急斜面に広がっ ている。台風はこの美しい風景を一変させた。近くの山が崩 れ、大量の土砂が入り込んだ。  大槻さんらは、「荒れたままにしておくわけにはいかな い」と倒木などが交じった土砂を重機でかき出し、棚田の斜面 を修復した。  田植えから5か月後、稲刈りの季節を迎えた棚田のあぜ道 には彼岸花が揺れる。受け継がれてきた古里の景色を再び取り 戻した。

台風19号で被災した棚田で行われた田植え。斜面が崩落し、土砂や倒木が散乱していたが、重機を使ってかき出した(5月12日、宮城県丸森町で)=武藤要撮影

棚田近くの崩落した斜面(5月12日、宮城県丸森町で)=武藤要撮影

棚田を眺める大槻光一さん(5月12日、宮城県丸森町で)=武藤要撮影

 山に崩落箇所が残る中、「ひとめぼれ」を収穫する大槻さん。黄金色に染まった棚田を一目見ようと観光客の姿が戻ってきた(10月4日、宮城県丸森町で)=武藤要撮影

夕日が差す中刈り取り作業を進める大槻さん(10月4日、宮城県丸森町で)=武藤要撮影

石垣が美しい棚田。江戸時代から昭和にかけ、地区の住民たちが手作業で開墾し石積みをしたという(10月4日、宮城県丸森町で)=武藤要撮影

棚田の端の稲を手作業で刈る大槻さん。「平たい田んぼよりずっと手がかかるけれど、棚田の風景を後世に残したいですね」(10月6日午前、宮城県丸森町で)=武藤要撮影

稲が実った30枚ほどの棚田の収穫は、コンバインを田んぼごとに出し入れしながらゆっくり進んだ(10月6日、宮城県丸森町で)‖大原一郎撮影

上空から見ると、大小の田んぼが並ぶ様子は幾何学模様のようだ(10月6日、宮城県丸森町で)=大原一郎撮影

「こんなに空が見える収穫はこれまでない」。農家の渡辺信行さん(67)は葉が枯れ、果実の少ないキウイ畑にたたずむ。昨年の水没で木が弱り、収量見込みは当初の約3分の1。大熊町の自宅と畑は原発事故後、中間貯蔵施設用地になった(10月5日、福島県いわき市で)=武藤要撮影

6年前、避難先で栽培を再開し、これから収穫が本格化するはずだった(10月5日、福島県いわき市で)=武藤要撮影

40年にわたりイチゴ栽培に携わる中島光雄さん(60)。昨年10月、集落の冠水を防ぐため水門が閉められ、農園が泥水につかった。「悲しくなるから行くな」。集落の人に止められた。翌朝の光景に涙が出た。ビニールハウス内の苗は全て泥だらけだった(10月16日、栃木県栃木市で)=冨田大介撮影

翌朝見た光景に涙が出た。ビニールハウスが泥水につかり、苗は全て泥だらけになった。「気持ちを立て直すのが大変だった」。赤く色づき始めた「とちおとめ」は間もなく出荷を迎える(10月16日、栃木県栃木市で)=冨田大介撮影

【撮影】読売新聞東京本社写真部・冨田大介、大原一郎、武藤要
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