宮城県丸森町

養蚕の再出発 見届けて

冨田大介撮影 
読売新聞オンライン
制作・著作 読売新聞
 飼育小屋には、蚕が桑の葉を食べる音と葉がこすれる音が重 なり合って、ザーッという雨が降っているような音が響いてい た。  「この日が待ち遠しかったんだ」。3代にわたり養蚕業を営 み、8月下旬に亡くなった宮城県丸森町の目黒啓治さん(7 2)。その約1か月前、飼育棚を新設し、昨秋の台風19号被 害から再起を果たしたばかりだった。  台風が襲った1年前、裏山が崩れ、「蚕室(さんしつ)」に 土砂が流れ込み、飼育棚は大量の泥で埋まった。廃業が頭をよ ぎったが、養蚕仲間らがスコップで泥のかき出しなどの支援を してくれたことに背中を押され、再出発を決意した。  山あいの町はかつて養蚕が盛んで、最盛期の1970年代に は1000戸以上の養蚕農家があった。海外からの安価な生糸 と化学繊維などに押され、今ではわずか5戸にまで減ったが、 地元の小学校で蚕の飼育が行われるなど、目黒さんらが伝統の 灯を守ってきた。  目黒さんは7月下旬、被災後初めて約116キロ・グラムの 繭を出荷した。真っ白で大きな繭は、町の出荷場で「やっぱり 目黒さんのは違うね」との声が上がり、誇らしげにほほえん だ。

蚕室に流れ込んだ土砂を、仲間とかき出す目黒さん。被災から約1か月がたち、冬の気配を感じる季節になっていたが、額には大粒の汗が流れていた(2019年11月9日)
※写真はすべて、宮城県丸森町で撮影

被災から約1か月。地元の人や養蚕家仲間の力を借りて泥をかき出す作業が続けられていた(2019年11月9日)

蚕室に流れ込んだ土砂を、仲間とかき出す目黒さん。被災から約1か月がたち、冬の気配を感じる季節になっていたが、額には大粒の汗が流れていた(2019年11月9日)

今年の養蚕が始まった朝。桑を刈り取る目黒さんを、初夏のやさしい日差しが照らしていた(2020年7月3日)

(2020年7月3日)

刈り取った桑の葉を蚕室に運び込む目黒さん(2020年7月3日)

被災から立ち上がり、今年の養蚕を始めた目黒さん夫妻。約6万匹の蚕を蚕棚に移した(2020年7月3日)

(2020年7月3日)

(2020年7月3日)

昨年の台風19号の被害を乗り越え、繭の出荷日を迎えた目黒啓治さん(左から3人目)(2020年7月27日)

被災後初めて繭の出荷日を迎えた目黒さん(左から3人目)。はかりを見守りながら、「お蚕様に振り回される毎日だったなあ」と笑顔を浮かべた(2020年7月27日)。「あの人がいたから、みんなでここまでやってこれた」。目黒さんが亡くなった後、養蚕仲間たちは、悲しみを抑えて目黒さんが育てるはずだった蚕を受け継ぎ育てた

糸を吐くようになった蚕を繭用の木枠に移す「上蔟(じょうぞく)」の日はあわただしくもにぎやかな一日だ。地元の人たちが手伝いに来て、お盆で帰省した孫たちも加わった。飼育小屋前で、アイスクリームを食べながら、和やかな時が流れた(2020年8月11日)

「いい繭を作ってもらうには温度管理が大切なんだ」と目黒さん(2020年8月11日)

最も忙しい「上蔟」の日、大きく育ち、糸を吐くようになった蚕を繭を作る木枠に移す目黒さん。この日が目黒さんにとって最後の上蔟となった(2020年8月11日)

目黒さんの桑畑には台風で流れ込み、片付けられた大木などが積み上げられたまま(2020年8月10日)

 「支援のおかげ。これからも仲間と頑張るよ」と張り切って いた目黒さんだったが、2回目の出荷を終えた後の草刈り作業 中の事故で、帰らぬ人となった。  養蚕仲間の小野昭一さん(69)は「やり残したことはずい ぶんあったんじゃねぇかな。誰よりも養蚕を残そうという気持 ちが強かった」と悔やむ。後継者を育てるために養蚕農家に研 修生を受け入れることなどを相談したばかりだった。  「丸森を築いてきたのは養蚕なんだよ」と伝統を守る意義を 語っていた目黒さん。飼育小屋はあるじを失ったが、残された 仲間たちがその思いを継いでいる。 写真 冨田大介 文 青木聡志

亡くなった目黒さんが最後に作った繭(2020年9月3日)

目黒さんが亡くなった後、小野昭一さん(69)ら養蚕仲間は、悲しみを抑えて、目黒さんが育てるはずだった蚕を受け継ぎ育てた(2020年9月4日)

目黒啓治さんが最後に残した繭から糸を紡ぐ星とみ子さん(80)。「目黒さんの繭はほかのとやっぱりどこか違う。亡くなったなんて今でも信じられない」。カラカラと器械を回す音が寂しく響いた(2020年9月28日)

「目黒さんが作る繭は安定して糸が出て、色合いもいい」。目黒さんが最後に残した繭から糸を紡ぎ出していた星とみ子さんがつぶやいた。カラカラ、カラカラ……。器械を回す音が響いた(2020年9月28日)

目黒啓治さんが最後に残した繭から糸を紡ぐ星とみ子さん(2020年9月28日)

目黒啓治さんが最後に残した繭から星とみ子さんが紡いだ糸(2020年9月28日)

養蚕が盛んだった丸森町。町内の神社にはネズミから蚕を守る猫が「猫神様」としてまつられている(2020年7月3日)

【撮影】読売新聞東京本社写真部・冨田大介(2020年10月12日公開)
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