[サイエンスOpinion]月資源ルール 日本は傍観…科学部 前村尚

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 月の資源の採掘や取引などの国際ルール作りが始まっている。月には水や有用金属の存在が指摘され、企業も月面探査を計画するなど、月でのビジネス展開が現実になり始めたためだ。だが日本政府は国際的な議論に積極的に参加していない。月探査を目指す日本企業の活力を生かす道筋を立て、月の資源の独占や環境破壊を防ぐために、世界のリーダー国としての責務を果たすべきだ。

ビジネス想定 各国動く

 「他国の民間企業とグローバルに比べても、先頭を走っていると思う」

 2018年夏、月への商業輸送を目指す宇宙新興企業「アイスペース」(東京都)の袴田武史・代表取締役(39)は記者会見で語った。21年に自社の探査機で月への着陸に挑む計画だ。

 月は1961年に始まった米アポロ計画で初めて人類の探査目標になった。膨大な国家予算を投じた国策プロジェクトだった。それから半世紀を経て宇宙技術は著しく進み、民間や新興国が月探査に参入する時代になった。

 近未来の米国の月探査計画には、同国の民間企業が参画する見通しだ。イスラエルの民間団体は2月下旬、月面探査機を打ち上げた。中国は探査機を月の裏側に初着陸させ、インドも月を目指している。

 アポロ計画で米国が狙ったのは、大国・旧ソ連を制し、国の威信を保持することだった。今は違う。観測が進んで存在が有力視されるようになった月の「水」と「資源」の獲得が目的だ。

 水からはロケット燃料になる水素や酸素が得られる。ヘリウム3は将来の核融合発電の燃料になると期待される。月の資源は、月面活動の幅を広げる「オイル」になりうる。

 資源探査が事業化されれば、通信会社や資源の貯蔵会社など多くの企業の参加が見込まれる。有人活動が始まれば、滞在施設なども必要になるだろう。

 絵空事ではない。三菱総合研究所やアイスペースを中心に大手通信事業者や建設会社など約20社が2016年、「フロンティアビジネス研究会」を設立し、事業化の検討を本格的に始めた。

 だが、大きな問題がある。多くの国や企業が月で活動することを想定した明確な国際ルールがないのだ。月の資源の囲い込みなどで衝突が起きることも否定できない。無秩序な資源掘削は月の環境破壊につながる。

 関連する国際法は1967年に発効した宇宙条約がある。批准した日米欧など約100か国に対し、第1条では、月その他の天体を含む宇宙空間の「自由な探査と利用」を保証している。一方、第2条で「主権の主張や使用、占拠を禁じる」こともうたっている。

 宇宙条約は民間企業による商業探査の可否については明記していない。このため米国や欧州のルクセンブルクは2015年以降、企業による月資源の所有などを認める国内法をそれぞれ整備した。

 国連は「全会一致が原則」で、多数の国が批准した条約の改正などは不可能に近い。そのため、国連の枠外で、月を含む宇宙空間でのビジネスを想定した新たなルール策定の国際的な議論が始まっている。

 オランダやアラブ首長国連邦、フランスなど20近くの国から約30組織の有志で作る専門家会合「ハーグ宇宙資源ガバナンスワーキンググループ(WG)」がその舞台で、16年から会議を重ねてきた。米国は政権に近い専門家も参加している。

 WGが17年に公表した草案は、「宇宙資源開発ビジネスの発展を妨げないルールが設計されるべきだ」「先に整備された国内法を排除しない」などと、宇宙での企業活動を後押ししている。今後、宇宙条約のあり方にも影響を与えるだろう。

「主導権とれるのに・・・」

 日本政府はWGに参加していない。アイスペースの関係者が出席しているだけで、日本の影は薄い。宇宙政策を担う内閣府の担当者は「現段階で立場を表明することが、日本にとって得か損か見定める必要があるため」と話す。

 月でのビジネスを現実視する国際社会との認識の開きを感じざるを得ない。ルクセンブルクは18年末、宇宙の資源探査に関連したビジネス市場は、18年からの約30年間で21兆円を超えるとの試算を公表した。探査技術を持つ各国は、この将来市場を見据えている。

 先行する国や企業に有利なルールになれば、資源を奪われかねない。日本では16年、宇宙開発に民間の参入を促す宇宙活動法が成立したが、日本で月探査を計画することをためらう企業が現れる懸念もある。ビジネスチャンスを失うことにならないだろうか。

 日本には、探査機はやぶさ2による小惑星の試料採取に代表されるように、世界に誇る探査技術と実績がある。アイスペースのような月を目指す企業も育つまれな国だ。学習院大の小塚荘一郎教授(宇宙ビジネス法)は「ルール作りで主導権をとれる可能性があるのに、もったいない」と話す。

 WGの議論は今後も続く。資源は誰もが自由に、無制限に採掘していいのか。日本政府は、宇宙環境にも配慮して、適切に商業資源探査が行われるよう、積極的にルール作りにかかわるべきだ。

 

「ゲートウェイ」構想

ゲートウェイのイメージ図(ISECG提供)
ゲートウェイのイメージ図(ISECG提供)

 米国は2020年代に月の周回軌道に新たな有人基地「ゲートウェイ」を建設する構想を掲げている。カナダは参加を表明し、日本も前向きに検討中だ。ロシア、欧州も加わる可能性がある。

 基地には宇宙飛行士4人が滞在し、新型宇宙船で地球と行き来する計画だ。各国の宇宙機関で作る「国際宇宙探査協働グループ(ISECG)」によると、基地には、居住スペースや宇宙船の発着施設、ロボットアームが整備される。基地から探査車を月面に降ろし、水や氷などを探査する。

 地球上空の軌道を回る国際宇宙ステーション(ISS)は約420トンあるが、ゲートウェイは6分の1ほどの重さ。ISSは43回の宇宙飛行で組み立てられたのに対し、7回で終わるとされる。30年以降には、火星を目指す際の中継拠点として使うことも想定している。

 日本は、基地に設置する水や空気の再生設備などの研究・開発を進めている。

 

【ヘリウム3】 ヘリウムの一種で、地球上にはほとんどないが、月表面の砂にあると考えられている物質。膨大なエネルギーをうむ未来の核融合発電の燃料になると期待されている。このほかにも月には、太陽電池の製造に欠かせないシリコンなどもあるとみられている。

【宇宙活動法】 2018年11月に全面的に施行された。企業は、国の認可を得ればロケットを打ち上げられ、発射場も整備できることや、失敗時に備えた保険の加入を求めることなどを規定している。ただ、月などの天体探査で得た資源の商業取引の可否に関する規定はない。

479528 1 テクノロジー 2019/03/10 05:00:00 2019/03/10 05:00:00 2019/03/10 05:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/03/20190309-OYT1I50040-T.jpg?type=thumbnail

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