[サイエンス Report]「はやぶさ2」支えた綿密訓練

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6年の旅 来月帰還へ 初代教訓 トラブル回避

 小惑星探査機「はやぶさ2」が探査を終え、6年ぶりに地球へ戻ってくる。12月初旬に地球に近づき、小惑星リュウグウで採取した石などが入ったとみられるカプセルを6日未明に地上へ落とす計画だ。1年半に及ぶリュウグウの探査では、2度にわたって着地するなど数々の挑戦を成功させた。快進撃の裏側には、進化した機体の運用を支える綿密な訓練があった。(中居広起)

■意地悪な「神様」

 リュウグウ到着前の2017~18年のことだ。宇宙航空研究開発機構(JAXAジャクサ)宇宙科学研究所(相模原市)の一角にある管制室では、探査本番さながらの運用訓練が進められていた。

 その下の階に「神の間」と呼ばれる部屋があった。訓練で使う仮想のはやぶさ2を自在に操れる「神様」役の出題チームが、次々と出くわすトラブルを仕込むのだ。

 機体に指令を送るコンピューターの一部を使えなくしたり、姿勢を制御する装置を故障させたり……。運用に欠かせない重要人物を管制室からわざと離席させることもあった。運用チームは、「神様」の意地悪への対応を繰り返した。訓練の回数は48回に及び、うち22回は対応が十分でなく、運用不能になると判定されるほどだった。

 チームが訓練を重視したのは、10年に小惑星イトカワから辛うじて試料を持ち帰った初代はやぶさの教訓があったからだ。初代はやぶさは、主力のイオンエンジンの故障やイトカワへの着地失敗など、トラブルが次々と発生。一時は通信が途絶し、帰還が絶望視されたこともあった。

 想定外のトラブルは、限りなくゼロにして、本番に臨みたい。初代に比べて若手が多いチームの経験不足を補う目的もあった。JAXAの津田雄一プロジェクトマネージャ(45)は、「焦るような状況に置かれたときにどう対処するかを鍛える必要があった。結果的にメンバーの結束も固まった」と話す。

 19年2月の1回目の着地では、予期せぬトラブルが実際に起きた。設定の不具合で、機体が自分の位置を正しく認識できていなかったのだ。急きょ、設定を見直して予定よりも速いスピードで機体を降下させることで、目的の場所にピンポイントで着地させる作戦に切り替えた。

 機体の姿勢や位置の制御を担当した照井冬人さん(60)は「訓練で臨機応変に対処する能力が身につき、誰も慌てふためかなかった」と振り返る。

機体進化し快進撃 2地点で試料採取

■挑んだ2回目の着地

はやぶさ2の2度目の着地に成功し、笑顔を見せるJAXAの津田雄一プロジェクトマネージャ(中央)ら(2019年7月11日、相模原市で)=ISAS/JAXA提供
はやぶさ2の2度目の着地に成功し、笑顔を見せるJAXAの津田雄一プロジェクトマネージャ(中央)ら(2019年7月11日、相模原市で)=ISAS/JAXA提供

 1回目の着地では、試料の採取にどうやら成功したらしい。機体と試料の両方を失うリスクを冒しても、2回目の着地に挑むべきかどうか。19年の夏、チームは究極の選択を迫られることになった。

 リュウグウは、ゴツゴツした岩が無数にあり、探査には手ごわい相手だった。JAXA上層部には、2回目の挑戦を危ぶむ声もあった。「100点ではなく、(2回目をあきらめて)60点で帰ってくる選択肢はないのか」。同研究所のトップを務める国中均所長(60)は、こう提案したという。

 だが、運用経験を積んだチームは再び着地に挑むことを選択した。一つの小惑星から2地点の試料を採取できれば、世界初の快挙だ。しかも、銅の塊を撃ち込んで事前に作った人工クレーター付近には、地下に埋もれ、太陽光や放射線の影響を受けずに変質していない石や砂が散らばっている。

 「採取できるとできないとでは、科学的な価値は、雲泥の差だ」。チームは安全な着地ルートの検討を繰り返し、国中さんらを説き伏せた。

 はやぶさ2は7月に再び着地。地表付近で岩石の破片が飛び散る様子を機体のカメラがとらえ、試料採取の成功をチームに確信させた。津田さんは、「淡々と完璧に実行できる技術が証明された」と胸を張った。

■耐久性と推進力向上

イオンエンジンの模型を前に開発の苦労を語るNECの碓井美由紀さん。「追加ミッションでも頑張ってもらいたい」と話す(10日、東京都府中市のNECで)
イオンエンジンの模型を前に開発の苦労を語るNECの碓井美由紀さん。「追加ミッションでも頑張ってもらいたい」と話す(10日、東京都府中市のNECで)

 はやぶさ2が、ここまで順調に任務を遂行できた理由は、運用面の改善だけではない。初代の苦い経験から学び、機体も進化した。特に、機体を動かすイオンエンジンは、52億キロ・メートル以上の安全な飛行を支えてきた。

 初代はやぶさは、4基あったエンジン全てでトラブルが発生。健全な部分を組み合わせて動かすことで何とか地球に帰還した。当時、開発を担当したNECの堀内康男さん(56)は「すべてが新しい取り組みだったために、正直に言って課題だらけだった」と語る。

 バトンを託されたのが、同社宇宙技術部の碓井美由紀さん(36)だ。08年の入社直後からイオンエンジンの開発を任され、耐久性と推進力が向上したはやぶさ2用の新型を完成させた。

 大学院生時代の研究で、推進剤の役割を果たすキセノンガスを供給する穴を1か所から9か所に増やしたところ、推進力が2割以上アップすることがわかり、この方法を取り入れた。碓井さんは、「これまで起きた不具合の原因を一つ一つ潰していった。先人たちの知識と知恵がなければできなかった」と話す。

 イオンエンジンは今年9月に停止、探査機はこれまでに加速した勢いを利用して地球に向けて飛行を続けている。チームはエンジンが健在なため、試料カプセル投下後にさらに10年余りかけて別の小惑星を目指すことにした。前例のない追加ミッションだ。

 はやぶさ2の旅はまだ終わらない。

太陽系の成り立ちに迫る

リュウグウ分析に期待

 地球と遠方天体の往復で試料を持ち帰る「サンプルリターン」と呼ばれる技術の確立を狙ったはやぶさ2のもう一つの大目標が、小惑星の性質を明らかにし、太陽系の成り立ちに迫ることだ。ロボットの投下や探査機本体の観測によって、リュウグウの特徴や成り立ちが、少しずつ明らかになってきている。

 最初の成果が、3本の論文にまとめられて報告されたのは、昨年4月。米科学誌サイエンスの表紙をリュウグウの写真が飾った。

 これらの論文では、リュウグウの特徴として、水の成分を含む岩石が地表の全体に広がっていること、がれきが集まってできており、隙間が多い構造をしていることがわかった。太陽系初期の約45億6000万年前にできた小さな天体が別の小天体と衝突し、飛び散った破片が再び集まって今の姿になったと推定された。

 その後の研究では、リュウグウ表面の光の反射率が低いことから、色が非常に黒く、炭素をたくさん含んでいることも明らかになった。また、作ったクレーターの内側の反射率はさらに低く、地下には、炭素を含んだ有機物がより多く存在している可能性を示しているという。

 12月に地球に届くカプセルの試料は、全国の大学・研究機関の総力を挙げて分析にかけられる。リーダーを務める橘省吾・東京大教授(47)は「太陽系の進化の謎に迫ることができると期待している」と話す。

◆イオンエンジン

 希ガスの一種キセノンに電子を当てて、電気を帯びた「イオン」と呼ばれる状態にして噴射する。はやぶさ2には4基搭載されている。化学物質を燃やす従来のエンジンに比べて燃費が良く、長距離の飛行に適しているため、多くの宇宙探査機に採用されている。

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1644122 0 科学・IT 2020/11/22 05:00:00 2020/11/24 18:57:43 2020/11/24 18:57:43 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/11/20201121-OYT8I50031-T.jpg?type=thumbnail

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