ずっと忘れていた過去の事実、現在と結びついて「再誕」…デジタルアーカイブが動かす社会
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情報デザインとデジタルアーカイブによる「記憶の継承」を研究する東京大学の渡邉英徳教授は、様々なテーマで新しい形のデジタルアーカイブづくりに取り組んでいる。2018年から広島の女子高校生と共に、人工知能(AI)を使って戦前や戦争中の写真をカラー化するプロジェクトは今年7月に書籍化され、大きな話題を呼んだ。失われていくもの、消えゆくものを受け継いで、どう未来に役立てていくのか。デジタルアーカイブの意味や役割について語ってもらった。(編集委員 宮智泉)
戦争体験者の証言を記録する「記憶の解凍」プロジェクト
戦前・戦争中の様子や日常生活などのモノクロ写真をカラー化していく「記憶の解凍」プロジェクトは、2017年、当時広島の高校生だった庭田杏珠さん(現在東京大学学生)との出会いから始まりました。戦争体験者の証言を記録する活動を行う庭田さんが人工知能(AI)による写真の自動カラー化に関心を持ち、技術を教えました。
写真は持ち主、関係者や当時を知る人との対話や資料をもとに、AIと人の力で彩色し、補正をしています。AIだけでは正確な色は表現できません。地元で証言を集める高校生の地道な積み重ねで、実際の色に近づきました。
7月に出版した共著「AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争」(光文社新書)は、庭田さんとの活動で色づけしていった写真の一部をまとめたものですが、大きな反響を呼びました。
不思議ですが、カラー化した写真をみると、誰かに感じたことを伝えたくなる。当事者がずっと忘れていた事実を思い出すこともあります。カラー化によって、時を隔てたものごとが現在と結びつき、新たな事実が浮かび上がる。「こういうアーカイブを作ってみたい」という感想も寄せられました。
博物館をはじめ、展示施設などの古い資料をデジタル化して保存するデジタルアーカイブが、今では幅広く使われるようになりました。アーカイブには、歴史の中に埋もれていくデータや資料を集めて公開し、大切なことを未来に伝えていくという重要な役割があります。
これまで広島と長崎の原爆、東日本大震災など、歴史的な出来事のデータを仮想地球儀「グーグルアース」に重ねて保存し、未来に受け継いでいくためのデジタルアーカイブを作ってきました。
資料を保存していくのに、多くの人たちとの作業を通してコミュニケーションが生まれます。その結果、知られざる事実が見えてくる。対話や作業を繰り返し、情報が更新されていくことに意味があると考えているからです。
過去を顧みる時間も余裕がない、だからデジタルアーカイブが必要

インターネットが普及して以来、私たちはいつの間にかおびただしい数の情報が氾濫する中で生活するようになりました。例えば、私はツイッターで300人ぐらいをフォローしていますが、1時間に流れてくる情報は数百にものぼります。
今回のアメリカ大統領選を見ていてもわかるように、毎日大量の情報が流れてきました。でも、あまりの多さに、何が事実で何がうその情報かもわからなくなっている。
めまぐるしく変化する状況では、情報の寿命がどんどん短くなっていきます。昨日流れてきた情報など忘れてしまったり、誰も振り向かなくなったりしてしまっています。1年前に起きたことなど、思い出す暇もなくなっている。その時々の情報に振り回され、対応することに消耗して、過去を顧みる時間も余裕もなくなります。現実の世界がどんどん刹那的なものになっている。だからこそ、記録を残していくデジタルアーカイブが必要なのです。