「9秒8」狙う桐生のシューズに「蜂の巣」…変革のヒントは航空機
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「1000分の1秒」を争う陸上競技の花形「100メートル走」のトップアスリートにとって、競技用シューズはタイムを大きく左右する重要ツールだ。東京五輪に向け、日本のスポーツ用品と繊維のメーカーが「100メートル9秒8台」を狙うトップアスリートの桐生祥秀(よしひで)選手と協力して開発した最新シューズは、トラックを蹴る靴底に変革をもたらした。(松田晋一郎)
ピンのないシューズを考案…しかし材料がない

スポーツ用品大手「アシックス」(神戸市)の最先端シューズ「メタスプリント」の靴底は、蜂の巣のような構造だ。トラックをとらえる鋭い金属のピンは一本もない。従来品にない型破りのデザインは、同社の谷口憲彦さん(46)が率いた開発チームが生み出した。
「ピンがトラックに刺さる感じがシューズごとに違う」。大学や実業団の選手からしばしば届く、自社シューズへの感想がきっかけ。ピンをどう改良すれば満足してもらえるのか考えるうち、ある盲点に気づいた。
「ピンをなくせばいい」
刺さって抜ける時の摩擦がなくなり、タイムも短縮できるはず。考えたのはピンのような「点」ではなく、「面」で地面をつかむこと。2015年、開発を始めた。

レース中、靴底には0・1秒未満の瞬時に、体重の約4倍もの負荷がかかる。押しつけたり、ねじったり、負荷がかかる方向も様々だ。この複雑な力にも耐えて、地面をしっかり蹴る靴裏をどう設計するか――。
谷口さんは、軽くて頑丈な航空機の機体にも応用される「ハニカム構造」から着想を得て、六角形を敷き詰めた形が最適と考えた。三角形や四角形よりも耐久性が高い。
ただ、アイデアを実現する材料がなかった。アルミや樹脂は弱く、鉄は重すぎる。暗礁に乗り上げた。
新素材の売り込みに苦しむ企業と運命の出会い
そのころ、カーテン製造で国内大手の繊維メーカー「サンコロナ小田」(大阪市)は、炭素繊維を樹脂で固めた強化プラスチック「フレックスカーボン」の開発に成功していた。強い力に耐える柔軟性と、細かな形に加工できる可塑性を兼ね備える。金属並みの強さながら、重さは半分以下だ。

世界に誇る高機能材料だが、社長の小田
そんな両社が16年、思わぬ形でつながった。谷口さんの大学院時代の研究仲間が、フレックスカーボンを売り込んできた。フレックスカーボンに技術を提供しているという。
「これでできる」。谷口さんの直感は、試作品を見て確信に変わった。かつてないピンなしシューズは、完成へ一気に動きだした。
桐生祥秀選手「走りを任せられる」

メタスプリントを最初に履いたのは男子100メートルのトップアスリート・桐生
谷口さんと小田さんは、大会会場にいる仲間からのSNS実況でレースを見守った。桐生選手は1位でゴールを駆け抜けた。「10・05秒」の好記録が会場に大きく表示された。