1誌年間5万円が35万円、高価な学術誌を大学は「買えない」…「知のサイクル」崩壊の危機
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最新の研究成果をいち早く紹介する海外の学術誌の購読料が値上がりし、大学の図書館などで定期購読を見直す動きが広がっている。大学の研究者が世界の最前線を知る機会を失い、研究力が弱くなりかねないと懸念する声が高まっている。(稲村雄輝)
全国の大学で、購読する学術誌を減らす動き

九州大付属図書館は2020年から、英国とドイツを拠点とする学術出版大手シュプリンガー・ネイチャーの学術誌のうち、オンラインで読める「電子版」の購読契約を大幅に見直した。それまで約1600誌を自由に読める契約を結んでいたが、このうち大学の研究者に読まれる頻度が高い66誌に絞り込んだ。
購読料の値上がりで、電子版購読の約6億円の予算を1億円ほどオーバーする恐れがあったという。大学の研究者になるべく多くの学術誌を提供し、研究の参考にしてもらいたいが、同図書館の堀優子課長は「予算不足でやむをえなかった」と説明する。
同じ動きがここ数年、北海道大や佐賀大、琉球大など、全国の大学で相次いでいる。出版社との契約交渉を支援する大学図書館コンソーシアム連合の平田義郎事務局長は「毎年上がる購読料の負担が、大学の財政をじわじわ圧迫している」と指摘する。
値上げの背景…論文増加→編集コスト増
同連合は、米国の業界誌の調査を参考に、海外の代表的な自然科学系の学術誌3000誌以上(冊子と電子版)の年間購読料推移をまとめた。それによると、冊子は1990年に1誌あたり平均で334.32米ドル(当時のレートで約4万8000円)だったのが、2020年には3270.73米ドル(同約34万9000円)と約10倍にまで上がった。最近はオンラインで読めると人気の電子版は、12年からの9年間で、年平均4.64%の割合で値上がりしている。
中国やインドなど科学技術に力を入れる国が相次ぎ、投稿される論文も年ごとに増えている。オランダを拠点とする学術出版大手エルゼビアは、「過去約10年で掲載される論文数は90%多くなり、論文の整理、審査の作業も増えた」という。これに伴い、編集のコストがかさんだことが値上がりの一因になっている。
他の研究者の論文を参考にする「知のサイクル」に影響

科学が進展して新たな学問領域がうまれ、次々と新しい学術誌も登場している。価格高騰に加え、購読すべき学術誌も多くなったことで、大学図書館の負担はどんどん重くなっている。
全国の大学図書館が18年度に電子版の購読で負担した経費は約314億円で、08年度の2倍近くにまで膨らんだ。全ての研究者の期待にこたえられる学術誌をそろえられなくなりつつある。「シリアルズ・クライシス(学術誌の危機)」として問題化してきた。