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[あすへの考]「CO2ゼロ」前例ない挑戦…編集委員室 大塚隆一

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 地球の温暖化を食い止めようと、世界が「脱炭素」に向けて走り始めた。目標は二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの排出を2050年までに「実質ゼロ」にすることだ。しかし、行く手は険しい。目標達成の成算もまだ立っていない。問題の核心や解決のカギは何なのか。

太陽の恵み

 温暖化という気候変動は暮らしや経済を支えるエネルギーの使い方を根本から変えることを迫っている。それに伴い、世界に広まりつつあるのは「緑の産業革命」とも呼ぶべき動きだ。「緑のエネルギー革命」と言ってもいい。

 まず問題の全体像を示したい。

 エネルギーは何から生まれ、どのように形を変え、どんな役割を果たしているのか――。それを整理したのが中央の図やグラフだ。

 図やグラフからは改めて読み取れることが二つある。

 一つ目は、太陽がもたらす恵みのありがたさだ。

 太陽は内部で水素の核融合が進み、発生した膨大なエネルギーを光や熱として放出している。

 地球上では、太陽の光エネルギーを使った光合成で植物が育ち、動物や人間の食料になる。植物は薪などの「バイオ燃料」、あるいは長い長い年月をかけて地中で石炭などの「化石燃料」にもなる。

 光のエネルギーは太陽電池によって「電力」にも変換できる。

 一方、太陽の熱エネルギーは、雨や風など様々な気象現象を引き起こし、それが「水力」や「風力」のエネルギーに形を変える。

 このように再生可能エネルギーも化石燃料も、大半は源をたどれば、太陽の核融合に行き着く。

 図やグラフから改めて読み取れる二つ目は、エネルギーの世界が大転換期を迎えつつある点だ。

 人類は長年、薪などのバイオ燃料をエネルギー源にしてきた。18世紀後半の産業革命からは石炭の利用が広まった。左下のグラフが示すように、石炭の時代は20世紀半ばまで続いた。その後、石油が主役の時代が始まり、これに天然ガスと原子力が加わった。

 そして今、CO2を出す化石燃料から風力や太陽光など再生エネルギーへの転換が加速している。

 図で言えば「灰色」から「緑色」のエネルギーへの移行である。

各国目標達成でも1/3減のみ

たった30年で

 注目すべきは変化の速さだ。

 温暖化対策に関するパリ協定は産業革命前からの気温上昇を2度未満に抑えるのが目標だ。英石油大手BPによると、それには左下のグラフが示すようなエネルギー転換を一気に進める必要がある。たった30年で主役と脇役が完全に入れ替わるスピードだ。人類史で前例のない壮大な挑戦である。

 今年の政府のエネルギー白書によると、CO2排出「実質ゼロ」を目指すと宣言したのは、日本を含む126か国・地域に達した。

 脱炭素の高い目標を誇る国々には、「緑の産業革命」をめぐる新たな競争やルール作りで主導権を握り、勝ち組になろうという思惑もある。歴史を顧みると、エネルギーの転換期は大国の力関係が変わることが多かった。再生エネへの急速な移行も既存の秩序に様々な波紋を広げるかもしれない。

 ただ、化石燃料からの脱却は一筋縄ではいかない課題だ。

 右下のグラフを見てほしい。国際エネルギー機関(IEA)が5月に発表した「実質ゼロ」への工程表から引用したものである。

 ご覧の通り、仮に各国がこれまでに表明した脱炭素の目標を「完全達成」したとしても、2050年における世界のCO2排出量はゼロにはならない。今の3分の2に減るだけだ。

技術革新が不可欠 日本に試練

崩れたバランス

 CO2削減はなぜ難しいのか。

 主な理由は二つある。

 経済成長や人口急増が続く新興国や途上国の多くでは、CO2の排出が当面、先進国の削減分を相殺する形で増え続ける。

 先進国も化石燃料と縁を切るのは容易でない。図が示す通り、使い道は多岐にわたるからだ。発電だけではない。家庭やビルに熱を供給し、乗り物のエンジンを回し、工業製品の原料にもなっている。

 実際、右下のグラフの内訳を見ると、電力部門からの排出は約5分の2に減るが、運輸や産業の方は微減にとどまっている。

 脱炭素の難しさには、もっと根源的な理由もある。

 温暖化は他の環境問題とは質が異なる。人間が作った物質が環境を汚染しているわけではない。

 そもそも炭素は有害物質ではない。それどころか、炭水化物やたんぱく質、脂肪などの骨格をなす重要な元素だ。CO2も植物にとっては光合成に必須である。その意味で「脱炭素」という合言葉は誤解を招きかねない面がある。

 地球の生態系は、炭素が様々な形に姿を変えながら、自然や生物の中を循環することにより、微妙なバランスを保ってきた。

 問題の核心は、そのバランスが人間の介入で乱された点にある。

 従って、有害物質を取り除くような外科手術的な手法での解決は難しい。特効薬もないから、あらゆる手段を尽くす総力戦しかない。

蓄電池・水素・回収

 IEAは「実質ゼロ」の見通しについて「道は狭いが、それでも達成は可能」としている。その前提条件は「蓄電池」「水素」「CO2の回収・貯蔵」などの分野における技術革新だという。

 「蓄電池」は再生エネが作る電気の欠点を補ってくれる。

 電気は便利で使い勝手がいいが、弱点もある。まず、ためにくい。次に、足りなくても余っても停電などの問題を起こす。天気まかせの太陽光や風力の電気が増えていくと制御は一段と難しくなる。

 問題の解決には大量の電気をためられる蓄電池が必要だ。それは電気自動車の普及にもつながる。

 だが、既存の製品はまだ力不足で、性能の飛躍的向上とコストの大幅削減が求められている。

 「水素」は水の電気分解などから作る必要がある。期待されているのは二つの役割だ。

 まずロケットで実用化されているように燃料になる。それも燃焼時に水しか出ない「きれいな燃料」だ。再生エネの電力で水素を作り、石油や石炭の代わりに使えば、CO2を一気に減らせる。

 電気をためる役目も果たせる。いったん貯蔵した水素を燃料電池で使えば、電気に戻せるからだ。

 課題はやはり割高な製造費用を下げる技術やノウハウの開発だ。

 「CO2の回収・貯蔵」は、今後も化石燃料を使わざるをえない場面で必要になる。こちらも効率の大幅アップが成否を握る。

 現状では、どの技術もハードルを越えるメドは立っていない。

 逆に言えば、技術革新に成功すれば、「緑の産業革命」の競争で優位に立てる可能性が高まる。

 日本は3分野の技術で成果を上げてきた。リチウムイオン電池の開発をリードし、量産型の電気自動車の生産は他国に先駆けた。水素の活用も早くから訴えていた。

 しかし、個別の技術で先行した有利さを産業の競争力につなげ、社会システムに組み込むことがうまくできていない。近年、繰り返されてきた失敗である。

 資源小国であり続け、再生エネの立地条件にも恵まれない日本にとって、脱炭素は厳しい試練だ。

 高すぎる削減目標を掲げて国益や競争力を損なうことは避けつつ、技術革新に取り組み、それを成長につなげる経済や社会の仕組みを作る。そんな道を切り開いていく覚悟と知恵が試される。

  おおつか・りゅういち  科学部、国際部、ジュネーブ、ニューヨーク、ワシントン支局を経て記者生活41年目。時代の大きな流れや構図を伝える記事が目標。

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2139367 1 科学・IT 2021/06/20 05:00:00 2021/06/20 05:00:00 2021/06/20 05:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/06/20210619-OYT1I50106-T.jpg?type=thumbnail

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