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    著作権か通信の秘密か…「海賊版サイト」遮断すべき?

     政府が打ち出した「海賊版サイト」の緊急対策が波紋を広げている。「通信の秘密」の侵害にあたるとして、これまで児童ポルノ対策にのみ認められてきた「ブロッキング」を海賊版サイトにも適用できるとの解釈を打ち出し、通信事業者に自主的な対応を求めるという。「著作権侵害の被害は甚大で対策は急務」という声がある一方で、「通信の秘密の侵害」「事実上の検閲ではないか」との批判も高まっている。(編集委員 若江雅子)

    対策の要旨
    ▼ブロッキングは「通信の秘密」の侵害だが、特に悪質な海賊版サイトが「緊急避難」の要件を満たす場合、ブロッキングしても違法にならないと解釈
    ▼法制度が整備されるまでの臨時的な措置として、民間事業者が自主的に、「漫画村」など3サイト、及びこれと同一とみなされるサイトに限定してブロッキングを行うことが適当と考える
    ▼新たに類似サイトが現れた時にブロッキングを実施するため、知財本部の下に、事業者、有識者を交えた協議体を設置し、体制を整備する
    ▼次期通常国会を目指し、法制度を整備する


    ブロッキング 現在は児童ポルノ限定

     ブロッキングとは、通信事業者がユーザーの同意を得ずに特定のウェブサイトに対するアクセスを遮断する行為だ。特定サイトへのアクセスを遮断するためには、全ユーザーについて、どこにアクセスしようとしているのかチェックする必要がある。つまり、問題のサイトにアクセスしようとする人だけでなく、全ての人の「通信の秘密」を侵害することになる。

     通信の秘密とは、通信の内容や宛先を第三者に知られたり、漏らされたりしない権利のことで、憲法で保障されている。電気通信事業法も事業者に対して通信の秘密を侵してはならないと定め、厳しい罰則を設けている。

     ブロッキングは日本では児童ポルノサイトに対してのみ認められ、2011年4月から実施されている。これは児童ポルノ被害が社会問題化した際に、事業者や利用者、法律家などが何年もかけて議論を重ね、「違法状態ではあるが、刑法で例外的に違法性が否定される『緊急避難』として認めうる」との整理がされたためだ。

     この時、著作権侵害についても検討されたが、児童ポルノのような重大かつ深刻な人格権侵害とは異なり、財産権で被害回復の可能性があることなどから、「緊急避難の適用は不可能」とされた。この解釈は、その後、憲法学者や刑法学者を交えた総務省の有識者検討会でも承認されている。

     ところが今回、政府はこうした議論の積み重ねによって得られた合意をあっさりと覆し、著作権侵害でも緊急避難の適用が可能だと解釈を変更した。

     この解釈には専門家から様々な批判が出ている。後掲の宍戸常寿東大教授のインタビューに詳しいが、このほかにも多くの法曹関係者が「財産権である著作権を守るために、それより明らかに重い通信の秘密を侵害することになり、緊急避難の要件を満たさない」と口を揃える。

     今回の対策でさらに問題なのは、政府が「ブロッキングを行うことが適当」なサイトとして3サイトを名指ししていることだろう。「実施は民間事業者による自主的な取り組み」としているが、事実上の検閲と受け止められかねず、今後、大きな議論となりそうだ。

     事実上、事業者にブロッキング実施を迫りながら、「事業者による自主的な取り組み」としている点にも注意を要する。政府は「ブロッキングの責任は事業者にある」と明確に説明しており、消費者団体も既に、ブロッキングが実施された場合、通信事業者に対し法的手続きをすすめる方針を明らかにしている。「緊急避難が成立しないのは法律家の間では争いがない。事業者に勝訴は望めないのではないか」とみる弁護士もいて、今後、事業者側の対応も焦点となりそうだ。

     専門家2人に話を聞いた。

    著作物の被害深刻 弁護士 福井健策氏

    • 福井健策(ふくい・けんさく)氏  日本大芸術学部客員教授。著書に「『ネットの自由』VS.著作権」など。52歳(萩本朋子撮影)
      福井健策(ふくい・けんさく)氏  日本大芸術学部客員教授。著書に「『ネットの自由』VS.著作権」など。52歳(萩本朋子撮影)

     海賊版サイトによる被害は非常に深刻だ。特に昨年以降、状況は加速度的に悪化している。

     最も悪質といわれるサイトの一つは、最新のコミック雑誌や単行本も含め7万冊以上を無料で読むことが出来て、サイト解析会社の調査によると直近の月間閲覧者数は延べ約1億6000万人、ユニークユーザー数は月900万人以上と推定される。日本の中高生より多い数の人々が日常的に人気雑誌などを海賊版で読み、しかも閲覧数は急速に伸びてきた。

     一方、出版社の売り上げは低迷している。2017年の紙の漫画の売り上げは前年比12.8%減。電子コミック市場は伸びを維持してきたため、全体では2.8%の減少だが、昨秋以降は電子コミックの売り上げも急激に悪化している。

     海賊版サイトがユーザーを増やすのは使い勝手がよく、画質もいいためで、出版社の努力不足だという人もいる。だが、海賊版サイトは出版社がコンテンツを生み出すために払っているコストを負担しておらず、極めて不公正な状況だ。今の状態が続けばコンテンツ産業は衰退しかねないだろう。

     しかも、こうした海賊版への対策はほぼお手上げというのが実感だ。サーバーの多くは海外にあり、確信犯的で、削除や情報開示を要請しても応じてもらえない。サイト運営者は日本にいると思われるが、身元を隠す様々な技術が発達していて、なかなか突き止めることはできない。海賊版サイトへの広告規制を要請しても、アダルト系の広告などには効き目がない。サイト運営者のミスなどで身元が分かり、摘発できることもあるが、それまでに何か月もかかり、その間、散々稼がれてしまう。

     この点、ブロッキングは憲法や電気通信事業法の「通信の秘密」の侵害にあたるとされてきたが、これについては異論もある。

     現在、採用されているブロッキングの手法では、通信事業者は利用者から海賊版サイトへのアクセス要請を受けてこれを機械的に遮断するだけで、第三者に漏らすわけではない。少なくとも典型的な通信の秘密侵害と同列には論じられない、という指摘だ。

    児童ポルノのブロッキングが検討された2010年とは状況が異なり、海賊版の蔓延が止まらない中で、創作者の被害の深刻さとの比較衡量は必要だろう。

     著作権は財産権に過ぎず、通信の秘密や表現の自由などの人権侵害に比べて重くないという主張もあるが、著作権がこれほどの規模で侵害されては、もはやクリエイターの生存権の問題ともいえる。文化と社会にとって大きな損失だ。こうした考えから海賊版の遮断措置は、EU・韓国など42ヶ国で導入されている。

     もちろん、本来ならば、関係者の議論を通じて著作権法を改正し、裁判所が権利侵害にあたる行為だと判断した場合にブロッキングが行える法的な仕組みを整えるべきだろう。ただ、海賊版被害は待ったなしの状況である。法改正までに、被害があまりに甚大であれば、児童ポルノのように関係者の理解を得て、通信事業者が緊急措置として特定の海賊版へのアクセス遮断を検討することもあり得るだろう。

    (インタビューは4月11日に行われたものです)

    「通信の秘密」を侵害 東大教授 宍戸常寿氏

    • 宍戸常寿(ししど・じょうじ)氏  専門は憲法学。著書に「憲法 解釈論の応用と展開」。43歳(菅野靖撮影)
      宍戸常寿(ししど・じょうじ)氏  専門は憲法学。著書に「憲法 解釈論の応用と展開」。43歳(菅野靖撮影)

     海賊版サイトのブロッキングを、立法措置を待たずに「緊急避難」として進めようとすることには、大きく二つの問題がある。

     第一に、著作権保護のためのブロッキングが「緊急避難」にあたるという解釈は許されないという点だ。

     ブロッキングは、適法なサイトを含めて全ての通信の行先を監視し、特定の通信を遮断するもので、「通信の秘密」を侵害する典型的な行為だ。電気通信事業法は、プロバイダによる通信の秘密の侵害を、犯罪としているが、刑法の解釈として、例外的に違法性が否定される場合がある。そしてブロッキングは、緊急避難として極めて厳格な要件の下でのみ認められてきた。

     緊急避難とは、自分や他人に危険が差し迫っている中で、危険を避けるためにやむを得ず行う行為だ。認められるためには(1)現在の危難がある(2)やむを得ない回避行為である(3)生じた害が避けようとした害を超えない…の3要件が必要だ。

     日本では唯一、緊急避難としてブロッキングが認められているのは、児童ポルノだけだ。児童ポルノの被害が社会問題化した際に議論を重ね、いったんインターネット上に流出すれば削除が極めて困難なことや、被害児童の人格権侵害が過酷なこと、表現の自由を侵害しないよう独立の第三者機関が判断することなどを理由に、認められたものだ。

     一方で、著作権侵害については長年、緊急避難に当てはまらないと整理されてきた。その被害が深刻であることは間違いないが、専門家などから「ほかにも技術的な対策が残っているのに、実施されていない」との指摘も出ている。表現の自由や通信の秘密と、著作権という財産権の侵害の大きさを比べても、例外である緊急避難の要件を満たしているとは考えられない。

     今回、立法によらず海賊版サイトを遮断できると考える人たちは、「緊急避難」という言葉を「立法ができるまでの間の緊急対応」という意味に誤解しているのではないか。刑法の「緊急避難」とはまったく別物であり、混同してはならない。

     さらに深刻な問題は、今回の「要請」が法治主義や民主主義のプロセスを逸脱している点だ。

     今回の件では、違法とされてきた通信の秘密の侵害行為を、開かれた議論もなく、立法のプロセスも踏まないまま、解釈を変更して、政府の「要請」によってプロバイダに事実上強制しようとしている。

     例えば、赤字国債の発行を考えて欲しい。財政法では赤字国債の発行は違法であるため、発行のために一定期間ごと、国会は特例法を成立させている。今回は、政府が財政破綻すると困るからといって、国会を通さずに赤字国債を発行するようなものだ。

     世界的にプライバシー意識が高まっている中、政府の口先で通信の秘密が脅かされる国だと知られたら、国際的な信用さえ失うだろう。内閣府の知的財産戦略本部は「42か国でブロッキングが実施されている」と説明しているが、いずれも立法または司法手続きを経てブロッキングを認めており、行政かぎりで特定のサイトを指示して実施している国はない。

     いったん、理由のない解釈変更で通信の秘密に穴を空けることを認めれば、著作権侵害だけでなく、名誉毀損などにも広がるだろう。特定の政党を批判するサイトでも、政府から要請があればブロッキングできて当然という社会になっていいのだろうか。

     政府は、日本の目指す社会をきちんと描けているのだろうか。「ソサエティ5.0」をうたい、情報の自由な流通から新しい価値を創造する社会を目指すというが、今回の件はそれに逆行する。今後、情報の流通と保護、質の確保という目標を巡り、権利利益の調整が必要な場面は増えていくだろう。その時、立法で枠組みを作ることを回避し、場当たり的な対応で済ませることはあってはならない。


    反対意見を表明している主な団体
     情報法制研究所、モバイルコンテンツ審査・運用監視機構、主婦連合会、インターネットユーザー協会、日本インターネットプロバイダー協会、全国地域婦人団体連絡協議会、日本ネットワークインフォメーションセンター、全国消費生活相談員協会、安心ネットづくり促進協議会


    2018年04月13日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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