[地球を読む]実感なき景気拡大 潜在成長率 長引く低迷…伊藤元重 学習院大学教授

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伊藤元重氏 1951年生まれ。米ヒューストン大助教授、東大教授などを経て2016年4月から現職。著書に「東大名物教授の熱血セミナー 日本経済を『見通す』力」「経済大変動」など。
伊藤元重氏 1951年生まれ。米ヒューストン大助教授、東大教授などを経て2016年4月から現職。著書に「東大名物教授の熱血セミナー 日本経済を『見通す』力」「経済大変動」など。

 日本経済は、デフレから脱したと言えるのだろうか。本格的に回復しているという実感が乏しい。そう考える国民が多い。景気拡大が戦後最長を更新すると言われる中で、経済の先行きに不安を覚える人も少なくない。そこで今回は、需要と供給という視点から、マクロ経済の現状について考えてみたい。

 様々な経済の動きを見る時、需要と供給の両面から見るのが基本であり、マクロ経済でもそれは例外ではない。結論から言ってしまえば、需要を喚起するという意味では、日本経済はある程度うまくいっているが、供給サイドから見れば課題が多いのだ。

 マクロ経済の需要サイドとは、消費、投資、政府支出、外需(輸出マイナス輸入)である。これらの需要項目が拡大していくことが、経済が成長する上で重要である。そもそも、デフレとは、需要が低迷することで起きたものだ。

 デフレから脱却するためには、デフレマインドを払拭ふっしょくして、需要を拡大させていくことが必要となる。2013年から本格化したアベノミクスは、そうした需要を喚起する上で非常に有効だった。

 それを物語るのが、名目国内総生産(GDP)の動きだ。1997年に534兆円であった日本のGDPは、2012年には500兆円を切るところまで縮小していた。

 1997年は日本で金融危機が起きた年だが、それから日本のGDPがこの時の水準を超えることはなかった。デフレによって物価や賃金が下がったことが大きかった。幸い、2013年以降、日本の名目GDPは拡大を続け、現在は550兆円前後の水準にまで回復した。約20年ぶりに1997年の水準を超えたのだ。需要喚起が成功したことは、他の経済指標の動きにも表れている。

 2012年に0・8倍前後だった有効求人倍率は、今やその倍。日経平均株価などで見た株価指数もこの間に2倍前後に上昇している。企業収益が大幅に改善したことも大きい。

 これだけ経済指標が改善しているのに、国民や企業に経済が元気になったという実感が伴わないのは、供給サイドの不調にある。その象徴が日本の潜在成長率である。1%前後という非常に低い水準にとどまっている。潜在成長率とは、日本経済がどの程度のスピードで成長していけるのか、つまり成長力を評価したものだ。1%程度では、あまりにも低すぎる。

 需要喚起策だけで経済を引っ張っていくことには限界がある。供給サイドから見た成長力が伴って、持続的な経済の拡大が初めて可能になるのだ。

新分野へ挑戦 生産性向上

 潜在成長率が1%前後で低迷している背景には、全要素生産性の伸びが低下していることがある。

 潜在成長率は、1人当たりの労働時間、労働者数、資本設備の大きさ、そして全要素生産性という4項目の伸び率を足し合わせたもので計算できる。全要素生産性とは、資本や労働の生産性を統合したようなものと考えればよい。

 困ったことに、この全要素生産性の伸び率が、この6年ほど低下傾向にある。潜在成長率の多くは、資本と労働の量の拡大によるもので、全要素生産性の伸び率の貢献は0・2%程度にすぎないのだ。

 国内総生産(GDP)の供給サイドとは、資本や労働力などの生産要素の投入によってどの程度の供給力があるかを示したものである。人口減少の中で資本や労働の量が大きく増えていくことは期待できない。潜在成長率を伸ばすには、資本や労働の配分がより効率的になり、結果として全要素生産性の伸びを高めていかなくてはならない。

 日本経済が高い生産性をあげるためには、企業が生産効率を高めるようなビジネスモデルに転換すべきだ。また、効率の悪い企業や産業が淘汰とうたされていくことが生産性の上昇につながる面もある。そうした変化の原動力として、イノベーション(技術革新)に期待するところも大きいが、残念ながらそうなっていない。日本経済における資本や労働の配分やイノベーションの力に問題がある。

 なぜ、日本の全要素生産性が上昇していかないのか。いろいろな理由があるだろうが、企業の多くがこれまでのビジネスモデルに固執していることが大きい。生産性や付加価値を高めるような方向への変化に非常に臆病であると言わざるを得ない。

 労働市場への対応と資本への投資の両面で企業の動きは鈍い。まず、労働市場でいえば、人手不足に対応するには、企業が積極的に労働生産性を向上させる取り組みをする必要がある。賃金が十分に上昇すれば、いやが応でも企業は生産性を高める対応を迫られる。だが、企業は賃金を十分に上げず、大胆な対応を先送りさせている。

 賃金の大幅な上昇によって労働市場の需給バランスが回復することが、労働サイドから生産性が上昇するためには必要である。残念ながら労働市場の調整能力は十分ではない。

 もう一つは企業の投資意欲だ。よく知られているように、日本企業は膨大な余剰貯蓄をため込んできた。GDP統計の中の企業部門の貯蓄投資差額をみると、10年以上にわたってGDP比で5%を超えるような高水準を維持してきた。これは海外の先進国に比べて際立って高い数字だ。要するに賃上げや投資に資金を回さずに、余剰貯蓄としてため込んできたのだ。

 企業が資本や労働の生産性を上げるためには、より高い付加価値や生産性を実現できるように、積極的に投資を行わなくてはいけない。これは旧来のビジネスの規模拡大というより、技術の向上、新たな分野へ進出するためのM&A(企業の合併・買収)、人材育成、ベンチャー事業の推進など、多様な投資の形をとるべきだろう。そうした新規分野や技術への取り組みが消極的だったことが、結果的に余剰貯蓄を積み上げる形となっている。

 日本経済の運営は、需要刺激には大きな成果を上げているものの、供給サイドからの動きが非常に鈍い状況だ。これは「ガバメントリーチ」と言われる、政府の影響力が及ぶ範囲の問題と深く関わっている。

 需要サイドについては、政府側が財政政策や金融政策を有効に活用すれば刺激することは可能だ。実際、アベノミクスはそれを示すことができたが、供給サイドには政府の影響力が基本的に及びにくい。

 規制改革や成長戦略など、政府にもできることはあるが、結局のところ、民間企業が自ら動かないことには生産性や付加価値を本格的に引き上げることはできない。企業のさらなる奮起を期待したい。

480186 1 地球を読む 2019/03/10 05:00:00 2019/03/10 05:00:00 第4回フォーラム 「暮らしの中の証券投資」で講演する東京大学大学院教授・伊藤元重氏(名古屋市中村区で)  2005年8月26日撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/03/20190310-OYT8I50000-T.jpg?type=thumbnail

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