読売新聞オンライン

メニュー

ニュース

動画

写真

スポーツ

コラム・連載・解説

発言小町

漫画

教育・受験・就活

調査研究

紙面ビューアー

その他

サービス

読売新聞のメディア

購読のお申し込み

読売新聞オンラインについて

公式SNSアカウント

[時代の証言者]囲碁と生きる 趙治勲<10>道場が縁 鎌倉で結婚

スクラップは会員限定です

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

棋聖戦の対局会場を訪れた京子夫人
棋聖戦の対局会場を訪れた京子夫人

 「その人」と知り合ったのは、1974年の秋頃でした。北海道旭川市出身の「その人」は、間に入る人があって、木谷(実九段)先生のお宅に「行儀見習い」に来たのです。1か月程度の滞在でしたが、生活面などで苦労したようで、色々話をしているうちに、距離が縮まっていったのでした。

 彼女が田舎に帰っても、電話をかけたり会いに行ったり、交際は続いていたのですが、しばらくして、女優志望だった彼女の妹が、東京に演劇の勉強に来ることになりました。東京の短大を卒業し、土地鑑があった「その人」も、妹に付き添って再び上京し、OL生活を始めたのです。

 彼女が家に食事を作りに来てくれたり、一緒に映画を見に行ったり。毎日のように会いました。「寅さん」の映画は、ほとんど2人で見ましたね。6歳年上の「その人」は明るくて前向きで、「悲観派」のボクとは正反対でした。

 《俳優・渥美清がテキ屋の車寅次郎を演じる映画「男はつらいよ」シリーズは1969年から95年にかけて48本が作られ、96年に渥美が亡くなった後、特別編が2本作られた。風来坊の「寅さん」が起こす騒動の数々を涙と笑いでつづる人情喜劇で、現在でも高い人気を誇っている》

 いい人でしたね。誠実で100%信頼できる人でした。文学が好きで、おそばが好きで――。東京・中野に2年ばかり住んで、千駄ヶ谷に移って、その次に引っ越した神奈川県鎌倉市で、ボクは「その人」、曽川京子さんと結婚したのでした。

 結婚の前に旭川のご両親にごあいさつに行ったのですが、大変に喜んでくれました。ご両親とも囲碁界には詳しくないようでしたが、娘の決断を大切にしてくれました。

 結婚式は、鎌倉の鶴岡八幡宮でごくごく内輪に行いました。ボクの方からの出席者は、木谷道場で一緒に内弟子生活を送った浅野(英昭八段)さんだけ。浅野さんが「よかったね、よかったね」と言いながら、ボロボロ涙をこぼしてくれたのを覚えています。

 鎌倉に住んだのは、彼女が好きだったからです。浄明寺というところで、いかにも古都らしい、ちょっとしゃれた感じのところでした。2階建ての小さな家を借りて、囲碁教室も開きました。自分でチラシを作って「折り込みで入れてくれ」と新聞販売店に頼みに行き、10人ばかり生徒さんが集まりました。

 結婚したのは1977年11月8日、21歳の時です。早く結婚したおかげで、飲んだくれもせず、ボクは囲碁に専念することができました。妻と出会わず、独り暮らしを続けていたら、遊びほうけてしまっていたかもしれません。そういう意味では、早く結婚できてよかったな、と思っています。(囲碁棋士)

無断転載・複製を禁じます
スクラップは会員限定です

使い方
1720642 0 時代の証言者 2020/12/23 05:00:00 2021/01/12 18:56:54 趙治勲夫人の曽川京子さん https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/12/20201222-OYT8I50106-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)