[東日本大震災10年 秘話]<1>復興事業 かさ上げ、歯止めなく…陸前高田
完了しました
検証せぬまま 2メートル→10メートル
巨大津波と原発事故。東日本大震災は、誰も経験したことのない未知の複合災害だった。2011年3月のあの日から間もなく10年。いまも記憶に残る象徴的な出来事をたどり直してみた。語られたことのない秘話と真相が浮かんできた。

この春、ようやく終わる土木系の復興事業がある。岩手県陸前高田市のかさ上げだ。東京ディズニーランド2個半分の広大なエリアに、東京ドーム9個分の土を盛り、海抜10メートルの街に造りかえる。被災地で群を抜く規模の事業だが、初期構想はわずか2メートルだった。2年余の間に4段階で5倍に膨れあがったのだ。


広大な市街地を、10メートルを超える津波が襲い、1606人が亡くなった。市内の半数にあたる約4000世帯が被災し、街の機能も失われた。あのとき、だれもが切望した。こんなことが二度と起きない街にしてほしいと。求めたのは、街の
土木的な手法は限られている。防潮堤の建設、高台への街の退避、街自体のかさ上げ――この三つだ。
戸羽太市長はまず、15メートルの防潮堤を県に要望した。かさ上げは、地震で沈んだ地盤の復旧が主目的で、想定した街の海抜は2メートルにすぎなかった。しかし、県が決めた防潮堤の高さは12・5メートル。適切な避難も組み合わせれば、減災は可能という考えだった。高台での宅地造成も進めたが、市街地を移転できるような適地はない。残る手は一つだ。
首相の諮問機関「復興構想会議」も、かさ上げなど複数の対策による多重防御を提唱している。「国費が取れる」。そう見込んだ市は11年秋、かさ上げ後の街の海抜を5メートルに変更する。肥大化の始まりだった。
「おっかなくて住めないなんて言われたら意味がない。安心感を持てる高さに」。市長の指示もあり、さらに1年後、海抜は平均9メートルへと膨れる。
理屈はある。JR大船渡線は元の低地を走るので、市街地の道路は立体交差になる。それには十分な高さが必要になるが、高台の宅地造成で発生する土砂が活用できる。国は運搬費を懸念し、土砂の地元処理を求めてもいた。
地盤改良という理由も加わり、海抜が平均10メートルになるのは間もなく。当初計画で5年だった工期は2年も延びた。事業が遅れれば、街はどうなるか。しかし、市の幹部たちは当時、「高さが増す分には住民の批判はないだろう」とばかり考えていた。
当初1201億円だった事業費が1657億円に膨らんでも、痛みは感じない。政府は復興増税などを財源に、自治体負担をゼロにしたからだ。復興庁次官を務めた岡本
5年前、JRは専用バスへの転換が決まり、立体交差は不要に。高台造成で発生する土砂量も見込みより1割減ることが判明した。土砂の域外搬出も黙認されるようになっていた。それでも「計画見直しは、作るのと同じくらい膨大な時間がかかる」(市幹部)。規模は縮小されなかった。
自宅を失った菅野明宏さん(68)は市の説明会で、巨大な規模に疑問を呈したが、「みんな生活再建で手いっぱい。復興後の街の姿まで考える余裕はなかった」。多くの被災者が高台や別の地域で自宅を再建していった。強靱化された街は今、6割が空き地だ。