[東日本大震災10年 秘話]<2>帰宅困難7万人守った「夢の国」、けが人1人も出さず

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 「寒いですから、これ、お尻の下に敷いてください」

【独自】五輪開幕の直前、東北3県で「子ども復興五輪」

 2011年3月11日、震度5強の揺れに襲われた千葉県浦安市の東京ディズニーランド。人気アトラクションのお化け屋敷「ホーンテッドマンション」のアルバイトスタッフだった田守桃子さん(38)は、とっさの判断で裏手に走った。小雨の降る、まだ寒い3月。その場にあった段ボールを手に戻ると、屋外に避難した来園者らに配って回った。

 誰かに指示されたわけでも、責任者に了解を取ったわけでもない。

 「迷ったら来園者の安全を優先させる、という教えを実行しました」と、田守さんは振り返る。

 金曜日だったこの日、東京ディズニーランドと、隣接する東京ディズニーシーは、春休みの大学生や家族連れらでにぎわっていた。

 来園者は両園合わせて約7万人。迎えるスタッフは「キャスト」と呼ばれ、計約1万人いた。その9割が、田守さんのようなアルバイトだ。園内の至る所でそれぞれ自分で考えて動いた。

 シャンデリアの下は危ないので通らせない、防災頭巾代わりに売り物のぬいぐるみを配る……。

 「夢と魔法の国は、不安があってはいけない。そういう意識だった」。「スプラッシュ・マウンテン」などがあるエリアの当日統括者だった中島考行さん(55)は言う。しかしなぜ、皆がそんなにてきぱきと動けたのか。

 両園を運営するオリエンタルランドは1995年の阪神大震災の後、「冬の午後6時、震度6強、来園者10万人」という過酷な設定で、実に年180回の防災訓練を重ねていた。キャストたちは日々、「もし大地震が来たら……」と想像し、自分に何ができるかを考え続けてきたという。

 この日の来園者のうち、電車の運休などで帰宅困難となった約2万人が園内で一晩を過ごした。深夜まで見回りや誘導を続けた田守さんはアトラクションの一角でメイドのコスチュームのままアルミブランケットに身を包み、眠りについた。

 翌12日。来園者らが園の外に一歩出ると、道路は陥没して泥水が噴き出し、マンホールが地面から飛び出していた。しかし、ランドでもシーでも、ケガ人は一人も出なかった。

「震度6強」年180回訓練…来園者「ディズニーにいて良かった」

 年間約3000万人が来園する日本最大のテーマパーク「東京ディズニーリゾート」(TDR、千葉県浦安市)は2011年3月11日、開園以来最大となる震度5強の地震に襲われた。約7万人が訪れていた東京湾の埋め立て地は激しく揺れ、園内には悲鳴が響き渡った。充実したエンターテインメントやホスピタリティーの高さで来園者を魅了する「夢の国」。その内部で当日、何が起きていたのか。

四つの行動基準 徹底

 「人間ってこういう時に死んじゃうんだ」

 東京ディズニーランドの入場口近くにある「れすとらん北斎」。当時2歳の長女、生後11か月の長男とともに食事をしていた愛知県豊田市の主婦吉田美津子さん(38)は直感的に思った。

 たまたま夫は席を外していた。何とか長男をテーブルの下に押しやったが、揺れがあまりにも激しく、長女が乗っていたベビーカーをつかんでいるのが精いっぱい。「限界だ」。そう思った瞬間、若い男性のキャスト(スタッフ)が吉田さんに駆け寄り、ベビーカーをしっかり支えてくれた。

 キャストの助けで揺れに耐えた吉田さんは、「自らも無防備な状態だったのに、命がけで守ってくれた」と、感慨深げに振り返る。

 1983年にシンデレラ城などがある「東京ディズニーランド」が、2001年には海をテーマにした「東京ディズニーシー」が開業したTDR。実は1995年の阪神大震災の前までは、防災訓練といえば火災を想定した訓練だった。

 だが、都市が壊滅的な打撃を受けた阪神大震災を受け、運営会社のオリエンタルランドは地震対策基本計画を策定。「冬の午後6時、震度6強、来園者10万人」の想定で年180回に及ぶ訓練を繰り返した。

 キャストたちには四つの行動基準を徹底した。「Safety(安全)」「Courtesy(礼儀正しさ)」「Show(ショー)」「Efficiency(効率)」。頭文字から「SCSE」と呼ばれるこの基準では、最初のS、つまり「来園者の安全」が最も優先された。

 そして2011年3月の震災当日。両園合わせて約1万人に上るキャストたちは、それぞれ訓練と行動基準に沿って、「頭を守ってしゃがんでください」などと来園者らに声をかけた。

 シーのアトラクション「マーメイドラグーンシアター」にいた川崎市の会社員村松慶亮さん(32)は、地震発生直後、人気キャラクターのアリエルにふんした女優が上空につり下げられたまま、動じることなく笑顔で来園者に手を振っていた姿が忘れられない。

 「どんな時でもアリエルに徹していて、さすがディズニーだと思った」

禁断の舞台裏 1500人誘導

 そんなTDRにも、誤算はあった。

 日が暮れるにつれ、園内はどんどん冷え込む。来園者たちには建物の中で休んでもらいたいが、そのための安全確認が、遅々として進まなかった。

 当時、同社には被災建築物の危険性を判断する「応急危険度判定士」の資格を持つスタッフが少なく、効率的な点検ルートも定まっていなかった。特に、シーに比べて建物が多いランドでは作業に手間取り、来園者らが3月の寒空の下で待たされる事態となった。

 「このままだとランドのお客様を建物内に収容できなくなる。シーに移動させたいが、やれるか」

 11日午後9時頃、当日のシーの全体責任者だった田村圭司さん(53)は、同社の地震対策統括本部から連絡を受けた。ふだんは園内で禁止されている自転車を必死でこいで安全確認が済んだ建物を見て回る。「いけそうです」と答えた。

 問題は、移動のルートだ。ランドからシーに行くには通常、一度園外に出なければならないが、外は暗く、液状化していて危険だった。田村さんは「バックヤードを通ってもらおう」と統括本部に申し出た。

 両園では、来園者の目に触れる場所は「オンステージ」と呼ばれている。いわば「夢の国」の舞台の上。一方で、その裏側であるバックヤードを来園者に見せることは、ご法度だった。

 統括本部の事務局長を務めた阪本靖弘さん(55)らは迷わなかった。「寒くて危険な中、来園者に長距離を歩かせるわけにはいかない」。約1500人が「秘密の裏道」を通り、12日午前2時、ランドからシーへの大移動が完了した。

 震災後、両園ではスタッフへの講習会を重ね、応急危険度判定士以外にも建物の安全確認ができる人員を大幅に増やした。「来園者を長時間、屋外で待たせたことは大きな反省点。予想できない災害に対しては備えるしかない」。増田健司・セキュリティ部セキュリティグループマネージャー(43)は言う。

2万人 園内で一夜

 結局、夜になっても家に帰れない約2万人の来園者が、ランドとシーの中で一晩を過ごすことになった。

 臨時の宿泊場所は、天井に装飾物がなく、一定の広さがある計46施設。

 妻と当時4歳の長男とともにランドにいた東京都豊島区の会社社長原雄司さん(54)は、レストラン「トゥモローランド・テラス」に案内された。飲み物は自由にもらえ、夜は温かい大豆ひじきご飯が配られた。お湯を入れてすぐ食べられる非常食。同社では当時、5万人の帰宅困難者が3日間、過ごせる食料を備蓄していた。

 原さんが一番驚いたのが、トイレの清潔さだ。同レストランでは約1900人が過ごしたが、トイレはキャストたちのこまめな掃除が行き届いていた。園内では夜遅くまでイルミネーションがともり、不安は感じなかったという。

 「園内は非常に落ち着いていた。当日ディズニーで被災して良かったとすら感じた」と話す。

 シーの「メディテレーニアンハーバー」でショーを観賞していた時に震災に遭った山手浩史さん(29)は、レストランで夜を過ごした翌朝、キャストから心配そうな表情で「大丈夫でしたか」と声をかけられた。

 「キャスト自らが被災者なのに、来園者を気遣ってくれて心が温まった」と振り返る。この対応に感銘を受けたこともあり、山手さんは2016年、オリエンタルランドに入社。偶然にもメディテレーニアンハーバーなどで行われるショーで来園者を誘導する担当を任された。現在は人事担当になったが、「震災時のようにいつまでも人々の記憶に残るエンターテインメントを提供したい」という思いを持ち続けている。

地盤改良や建物補強も

 東京ディズニーランドと東京ディズニーシーでは、園内については、それぞれ建設時に深さ10~15メートルまで地盤を改良。締め固めた柱状の砂を一定間隔で地中に入れて地盤を引き締める「サンドコンパクションパイル工法」が採用されていた。

 さらに、東日本大震災の約1年前までに、照明や装飾品には落下防止のセーフティーワイヤを取り付け、柱を補強するなどの耐震化対策が取られていた。このためか、大震災では、園内の建物やアトラクションには大きな被害は出なかった。

 一方、地盤改良されていなかった園外の駐車場や周辺道路は激しく液状化した。来園していた福岡市の人形師中村弘峰さん(34)によると、「道路はゆがみ、マンホールが70センチくらい地上に飛び出していた。地震のすさまじさに驚いた」という。

 震災後、両園では現場のキャストだけでなく、役員らについても「どのような場面でどんな指示を出せばよいか」を考える訓練を導入。災害時の判断力を磨いている。

 取材・波多江一郎

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1761517 0 企画・連載 2021/01/11 05:00:00 2021/03/08 19:26:13

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