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[東日本大震災]絆の10年<3>同じ遺族 心通わせ前へ…日航機墜落・熊本地震 交流続く

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手紙のやりとりを続けている佐々木さん(右)と美谷島さん(2016年、宮城県名取市で)(津波復興祈念資料館閖上の記憶提供)
手紙のやりとりを続けている佐々木さん(右)と美谷島さん(2016年、宮城県名取市で)(津波復興祈念資料館閖上の記憶提供)

 《あの日から流した涙は皆さまにより高い心を授けてくれると信じています》

 宮城県多賀城市の陸上自衛官、佐々木清和さん(54)は、この手紙を読むたびに温かい気持ちになる。

 5年前、東京に住む美谷島邦子さん(74)からもらった手紙。美谷島さんは1985年の日航ジャンボ機墜落事故で次男のけん君(当時9歳)を失った。

 同県名取市閖上ゆりあげ地区にあった佐々木さんの自宅は津波に襲われ、妻のりつ子さん(同42歳)と長女の和海さん(同14歳)、義父母が犠牲になった。失意の中、佐々木さんは2015年から、自らの体験や思いを語る活動を始めた。

 翌16年2月のこと。閖上で開かれた交流会で、美谷島さんに会った。美谷島さんはつらい事実を淡々と平易な言葉で語り、それがかえって安全な社会への願いを強く感じさせた。心を打たれた佐々木さんが感想の手紙を送ると、すぐに返事をくれた。佐々木さんが心の中で流してきた「涙」のことも、分かってくれていた。災禍と距離を超えて、2人の文通が始まった。

 手紙に書くのは震災のことばかりではない。ニュースを見て感じたこと、自宅で育てたヒマワリの様子。佐々木さんが自衛官退官後の計画をつづった時は、こんな返事が来た。

 《いろいろ考えないで、「今」を大切に前を向いてね》。「先へ先へと急いでいた自分をなだめてくれた」と佐々木さんは思う。

 メールや電話ではなく、3か月に1回程度の手紙のやりとり。美谷島さんも「互いに負担をかけない『緩いつながり』で、寄り添っていければ」と語る。

 30通ほどの手紙を交わしてきた2人は今、小中学生への講演に力を入れる。子供を見るのがつらい時期もあったが、「命の大切さを伝えたい」と思いを同じくする。急がず、今を大切に。手紙が気づかせてくれた。

 熊本県合志市の宮崎さくらさん(41)は時々、宮城県石巻市の佐藤美香さん(46)とSNSでやりとりする。それぞれ地震で娘を失った母親どうしだ。

 16年4月の熊本地震で、宮崎さんの次女・花梨かりんちゃん(当時4歳)は入院していた病院が損壊して転院を余儀なくされ、5日後に亡くなった。周囲が「がんばろう熊本」のかけ声で復興に向かう中、宮崎さんには娘を失った痛みを打ち明けられる人がいなかった。

 つてを頼ってたどり着いたのが、東日本大震災で長女・愛梨ちゃん(当時6歳)を亡くし、通っていた幼稚園を相手に真相究明のための訴訟を起こした佐藤さんだ。18年3月、初めて電話で自分の思いを打ち明け、宮崎さんは肩の力が抜けるのを感じた。2人はフェイスブックでメッセージのやり取りを始めた。

 《何してもどうやっても立ち直れない時もあったり そういう時はわざと立ち直らないです》(宮崎さん)

 《立ち直り方も、それぞれですものね》(佐藤さん)

 「佐藤さんとつながれたことは、私が動き出す基点になった」と宮崎さん。今年は娘のことを文章に記していきたいと思っている。

 家族や友人を亡くした人たちが集う会合を主宰し、遺族支援について研究する黒川雅代子・龍谷大短大教授(社会福祉学)は「同じ災害の遺族どうしは、被害の状況や家族関係が互いに見えるからこそ、心の中を打ち明けにくい面もある。災禍や場所が異なる『外の遺族』とつながることで、思いが伝えやすくなったり、自分の状況を客観視できたりする」と指摘している。

 (田辺里咲、安田信介)

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1858868 0 企画・連載 2021/02/22 05:00:00 2021/02/22 05:00:00 慰霊のシャボン玉を飛ばす佐々木さん(右)と美谷島さん(2016年、名取市閖上地区で)(津波復興祈念資料館閖上の記憶提供) https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/02/20210222-OYT1I50021-T.jpg?type=thumbnail

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