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「電車はまだか」怒声上がる駅構内…東電、手探りの計画停電へ[記憶]<3>

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 2011年3月11日、東日本大震災の直後。東京・内幸町の東京電力本社で、関東地域の電力供給を監視していた社員らに衝撃が走った。管内の発電所の多くが停止し、電力供給が一挙に途絶えた。

計画停電で列車の運行本数が減り、人であふれるJR横浜駅(2011年3月17日撮影)
計画停電で列車の運行本数が減り、人であふれるJR横浜駅(2011年3月17日撮影)

 大規模停電を防ぐには、電力需要を強制的に減らす「計画停電」に踏み切るしかない。だが、東電にも政府にも経験はなく、準備はゼロ。震災で不安にかられる国民に、どう異例の措置を受け入れてもらうか。暗中模索が始まった。

 首都圏は、当たり前のように享受してきた電気を制限される生活に直面した。

 JR東日本では、大動脈の東海道線など通勤・通学客が多い路線が午前中に運休し、山手線などの都心の主要路線も2割程度に間引き運行された。

 ホームや駅構内は人であふれ、駅の外まで長蛇の列ができた。「電車はまだ来ないのか」「出社できない」などと怒声が上がり、車両のドアが閉められないほど人が押し寄せた駅もあった。

首都圏 1000万キロ・ワット不足

 「1分1秒でも停電を起こしてはならない」。電気を送ることが使命だと教育されてきた東京電力の社員にとって、意図して停電を起こすなど想定したことのない事態だった。首都圏など幅広い人々を混乱に陥れた東電の計画停電は、東電にとっても、電力業界を所管する経済産業省にとっても、初めての経験の連続で、すべてが手探りで進められた。首都圏の鉄道網を支えるJR東日本や命を預かる医療機関は、突如発表された計画停電に綱渡りの対応を迫られた。

全域ブラックアウト迫る

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 3月11日の震災直後。東京電力本社14階の中央給電指令所にアラームが鳴り響いた。電力供給の司令塔となるこの部屋の大型モニターには、異常を示すランプが点滅。発電所が次々に停止し、出力を示す数値は「0」が並んだ。

 「訓練でも見たことがない。信じられない光景だった」。当番で勤務していた社員は振り返る。

 福島県内の原子力発電所7基だけでなく、首都圏の13基の火力発電所が停止した。供給力5200万キロ・ワットのうち約4割の2100万キロ・ワットを失っていた。

 本社に勤務していた別の社員は「福島の原子力発電所は自動停止したという一報が入り、一度は皆ほっとしていた」と話す。ただ、時間とともに津波被害などで多くの発電所がすぐには再稼働できないことが分かってきた。

 これだけ多くの発電所が一度にダウンしたことはない。電気が足りなくなることは明らかだった。

 電気は、需要と供給の量を一致させなければ、大規模停電(ブラックアウト)を引き起こす。首都圏全域の停電を回避するため、部分的に供給をカットする必要があるとの見方が浮上し始めた。地域ごとに輪番で停電させる「計画停電」だ。戦後の混乱期以後は例がない。

 11日夜、担当副社長らが協議を重ねた。「震災の影響で需要はかなり落ちる」として、計画停電に踏み切るべきではないとする意見と、「予測は困難。万が一足りなくなるとブラックアウトする」として実施すべきだとする意見に分かれた。次第に深刻の度を増していった福島の原発の状況と合わせ、東電内では「二つの想定外が同時進行していた」(東電OB)という。

 なんとか回避する道を探るため、社員らは電力をかき集める作業も急いだ。かろうじて動く火力発電所では通常の出力を超える発電に踏み切った。中部電力や、工場などで自家発電を持つ企業には融通を要請した。

 12、13日は土日で工場などが活動を止めるため、乗り切るめどが立った。だが、週明け14日は、どうやっても1000万キロ・ワットが足りない。

 「計画停電をさせていただきたい」。担当副社長らが霞が関にある経済産業省資源エネルギー庁を訪れたのは12日午前4時頃のことだった。

事前調整なし 混乱

計画停電について記者会見する東京電力の清水正孝社長(左)ら(2011年3月13日撮影)
計画停電について記者会見する東京電力の清水正孝社長(左)ら(2011年3月13日撮影)

 電力業界を監督する経済産業省も、計画停電が何を意味するのか、当時は知らなかった。対応に当たった経産省元幹部は「まさか日本でこんなことが起きるとは思わなかった」という。

 米カリフォルニア州などで例があるが、日本では経験がない。そのうえ大震災の直後。国民にさらに混乱を強いることは避けたい。「本当に必要なのか」と何度も確認したが、東電側は「これしか方法がありません」と懇願した。ブラックアウトをひとたび起こせば、復旧には数日かかる。首都機能をマヒさせるわけにはいかなかった。

変電所単位5グループ

 13日午後8時20分。東電の清水正孝社長が震災発生後、初の記者会見に臨み、14日早朝からの計画停電の実施を発表した。「停電回避に向け全力で取り組んできたが、このような事態を招き、誠に申し訳ない」と頭を下げた。

 東電所管の1都8県を区市町村ごとなどで五つのグループに分ける。1日を約3時間ずつ七つの時間帯に分け、停電する時間を順番に割り当てる計画だった。

 しかし、想定外ですべてが初めての経験。不眠不休でわずか2日で作り上げた計画には、不備が多く、説明は二転三転した。グループ分けした市町村の一覧には、合併などで既になくなっていた自治体名もあった。自治体や鉄道会社などとも事前の調整なく発表したため、「どうなっているんだ」と問い合わせが殺到した。

 「東電に任せていたら大混乱になる」(経産省幹部)と、経済産業省も対応に動いていた。

 「命を守る病院は外すべきだ」「金融システムが大混乱になるので日本銀行は外さなければ」「自衛隊の基地は国防の要だ」。関係省庁などから、停電対象から外さなければならない重要施設の要望が押し寄せていた。担当外の職員約100人を集めた「計画停電チーム」を急造し、要望を東電と調整した。

 結局、14日午前は、大企業などが協力して電力需要を大幅に落としたこともあり停電はせずに済んだ。ただ、告知した通りに停電が起きなかったことで、社会から東電への不信感はかえってふくらむことになる。

 実施が始まっても、告知していた地域以外で停電が起きるなど不手際が相次ぎ、東電幹部は首相官邸に何度も呼び出され叱責しっせきを受けた。

 計画停電は、3月28日まで32回行われ、影響した世帯は延べ約6870万に上った。

拒否感残る

 大混乱と、市民や企業、地方自治体などからの反発という苦い経験を経て、政府内には、計画停電に対する拒否感が強く残った。

 2018年9月の北海道地震では、道内最大の火力発電所が損傷して停止し、道内全域が停電する「ブラックアウト」が起きた。解消された後も、電力の供給が需要を下回る恐れがあったため、経済産業省と北海道電力で計画停電を検討した。道内を60区域に分割し、2時間ごとに電気を止める案だった。しかし、首相官邸が難色を示し、立ち消えになったという。

 当時、北電や官邸と調整にあたった関係者は「官邸から、絶対に計画停電をやらせるなという強い意思が伝わってきた」と明かす。

電柱単位で調整可能に

 「準備ゼロ」だった反省を踏まえ、東電では現在、万が一に備える体制が整えられている。福島沖を震源とする今月13日の地震でも複数の火力発電所が停止して供給力が不足したが、一部地域への送電を遮断して調整し、管内の停電は約3時間で復旧させた。

 計画停電の手続きも明確化し、全社的な訓練も定期的に実施している。11年当時は、大規模な変電所単位でのグループ分けしかできなかったが、主要な電柱単位で細かく停電の範囲を操作できるようにした。医療機関や、国の重要施設を除外することもできる。

 市民への告知が不十分だったことも混乱を増幅させた。このため、計画停電の際には、住所を入力すればグループ分けや停電時間を確認できるホームページを用意した。

 現在、計画停電の責任者を務める西塚健司・給電計画グループマネジャーは「10年前は多くの利用者に迷惑をかけた。震災で、最悪の事態に備えることを学んだ」と話す。

鉄道・病院 綱渡りの対応

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踏切動かず 始発直前「運休」

 東電の記者会見から1時間半余りがたった13日午後10時頃。「電車は自家発電で動かせても、踏切や信号が動く保証はない」。JR東日本本社(渋谷区)の緊急会議で、停電の影響が報告されると、居並ぶ幹部らが顔をしかめた。

 JR東は、自社の発電所で運行に必要な電力の6割をまかなっており、当初、間引き運転などで電力を余らせ、計画停電エリアに送電すれば運行を継続できると期待した。しかし、一部の踏切や信号は東電の電気でしか作動せず、設置されている非常用電源も確実に動く保証がないことが判明した。

 「こうした踏切はどこにあるのか」「改札や無線なども同じ状況なのではないか」。各部署で多数の会議が夜を徹して続いた。JR東は、自営の電力で確実に対応できる山手線全線と中央、京浜東北の一部など計5路線のみを動かし、しかも本数を通常の2割程度に絞る間引き運転で対応することを決定。マスコミを通じて発表したのは、始発が30分後に迫った14日午前4時だった。

 首都圏の鉄道網はマヒ状態に陥った。運休した路線の駅では、通勤できない会社員らが携帯電話で話し込み、バスやタクシー待ちの列をつくった。間引き運転した路線では駅への入場制限も実施され、改札を通過するまで1時間以上かかる事態も発生。なかなか来ない電車に利用者らのいら立ちが高まった。

 結局、この日は計画停電の大半が見送られ、運行範囲を順次拡大したが、混雑は終日続いた。

「毎日がダイヤ改正」

 現場の混乱の裏で、JR東本社に詰めていた運行担当者らは翌日以降の対応に頭を悩ませていた。

 計画停電エリアは自治体ごとに5グループに分けて公表されたが、東電は停止する変電所を発表しておらず、変電所から電気をもらう駅のうち、どこが影響を受けるのかがわからなかった。

 そこで、JR東の各支社で担当者を決め、東電側に毎日電話をかけて翌日の稼働状況を聞き取り、本社に集約。東電が鉄道事業者に配慮する姿勢をとっていたため、電話係は時に「その変電所は影響が大きい。稼働できないか」などと交渉役も務めたという。

 こうした情報を基に、1都8県の全路線について運行状態を決定。まずは、東電の電気でしか動かない踏切がある相模線や両毛線などの郊外路線は、停電と送電が繰り返されて踏切が動かなくなる恐れがあり、当面は全面運休と決めた。

 自営の電力だけで全面稼働しない駅については停電中は路線ごと運休し、電力不足が懸念される路線は、運行本数を減らす運転制限を行うこととした。こうした状況をまとめた図を毎日作成。図では「運転不可」「運転制限」となった路線を停電グループごとに色を変えて線で囲むなどした。複数グループにまたがる駅もあり、完成した図は複雑を極めたという。

 この図を基にダイヤを設定し、さらに、日によっては停電しない場合もあったため、2パターンのダイヤも用意した。「毎日がダイヤ改正のようだ」。担当者は口々にそう言い合った。

 国土交通省からは「空港へのアクセスは確保してほしい」「この路線は本当に動かせないのか」などと要望も寄せられた。

自営電力化進める

 思わぬ事態も発生した。

 踏切は停電すると遮断機が下りたままになるため、当面運休とした相模線や両毛線などの一部で交通渋滞が発生したのだ。JR東は急きょ、これらの踏切へ社員を派遣。遮断機を上げて柱に縛り付ける「使用停止措置」をとった。

 JR東に対する計画停電は、3月15~28日のうち9日間で計25回実施された。15日以降は、自営電力で対応可能な山手線や埼京線、京浜東北線など12路線はおおむね若干の間引きで済んだが、千葉や群馬、神奈川西部では運休や5割程度の間引きが続き、市民生活に大きな影響が出た。

 JR東は震災後、様々な設備や施設について、東電の電力から自営の電力への切り替えを進め、非常用電源の拡充も図ってきた。

 安田一成・電気ネットワーク部長(55)は「鉄道会社の使命を果たせず、忸怩じくじたる思いだった。今は計画停電にも対応可能となった。今後も対策を強化していく」と語った。

患者220人 透析日程変更

 医療機関では手術予定の変更などのほかに、透析治療でも負担を強いられた。

 人工透析を実施していた西新井病院付属「成和腎クリニック」(東京都足立区)。3月14日夕、臨床工学技士・梶川友学さん(38)は2日後に迫った計画停電に向けた緊急会議で口を開いた。

 「自家発電で透析するのは無理だ。停電がない早朝や深夜帯を使ってしのぐしかない」 クリニックは日曜日を除き、午前9時半から夕方や夜まで人工透析を実施する。近くの系列クリニックも合わせて患者は計約220人。患者は1回4時間、週に3回の人工透析が必要で、約60床の使用スケジュールは隙間なく組まれていた。

 停電しても自家発電で対応できるが、人工透析は様々な機器で大量の電気を使ううえ、電源切り替え時に故障するリスクもあった。

 梶川さんらは早朝や深夜帯の透析実施を決断し、翌日、スケジュール変更の検討に入った。計画停電は最大で1日2回、計7時間20分にのぼり、約100人の透析時間と重なった。患者220人のうち約150人は病院の送迎車で自宅とクリニックを往復しており、うち約20人は車いすの患者だ。6台しかない車で効率的に送迎できなければ、容体悪化を生じかねない。

 梶川さんらは足立区の地図を拡大コピーし、患者宅の場所にシールを貼った。

 「車いすの4人を大型車で送迎しよう」「道が細くて入れない」「このルートは一方通行で実現できない」――。難解なパズルを解くようにプランを練った。

 スケジュールができたのは午後6時頃。翌午前4時スタートの患者もおり、急いで全員に電話連絡した。「明日の朝4時ですか!」「無理です。変えてください」。不満を言う患者には、理由を説明し、なんとか納得してもらったという。

 クリニックは2015年、西新井病院内に機能を移した。透析は1回で100リットル以上の水を使うため、貯水槽を新設して300トンを確保し、断水にも備える。

 安部裕之院長(63)は「透析時間変更の必要性など初めて認識することが多かった。記憶を風化させず、訓練を徹底して災害に備えたい」と話した。

店舗や工場 休業も…食品・日用品不足に

 首都圏では、スーパーの休業や工場の操業停止なども相次ぎ、市民生活に大きな影響が出た。

 百貨店やスーパーでは、復旧時にエレベーターや空調の点検に時間がかかるなどとして、休業や営業時間短縮を実施する動きが広がった。

 NECやホンダなどの大手メーカーも、従業員の出勤のめどが立たないことや、工場の再稼働に時間がかかることなどから一部の操業を中止。食品や日用品の製造も影響を受け、店頭で品不足が発生した。

 各地で信号機が消え、警察官が手信号で誘導した。

 ※取材・川口尚樹、木瀬武、山下智寛、波多江一郎 デザイン・遠藤牧子

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1862776 0 企画・連載 2021/02/24 05:00:00 2021/03/01 13:14:05 東日本巨大地震。電力の供給低下から実施が予定されている「計画停電」について記者会見する東京電力の清水正孝取締役社長(左)ら。東京・千代田区で。2011年3月13日午後8時31分撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/02/20210223-OYT1I50052-T.jpg?type=thumbnail

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