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沿岸部に住み続けるか・新市街地に移るか・町を出るか…それぞれの「決断」[歳月]<2>

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 宮城県山元町は、大胆な選択に踏み切った。町面積の3割にあたる沿岸部を「災害危険区域」に指定し、集落を内陸部の新たな市街地に再編した。住民たちは迫られた。新市街地に移るか、沿岸部に住み続けるか、いっそのこと町を出るか。同じ地区に住みながら、判断は分かれた。

元の住居改修■二重ローン回避

 「なんだか、元の山元町ではないみたい」。沿岸部に住み続けるグラフィックデザイナーの岩佐ゆみさん(51)は、ため息交じりにそう話す。

 花釜地区の自宅は、震災前、JR常磐線の山下駅から徒歩5分ほどの一等地にあった。住宅が立ち並び、駅前には郵便局、駐在所もあった。それが今は、駅は内陸部に移り、近所の家はまばら、草が生い茂る空き地が広がり、未舗装の道路もある。付近は、住居の建築制限がある災害危険区域第3種に指定された。

 あの日、2階建ての母屋は1階の天井付近まで浸水した。流されてきた車や海岸沿いの松の木が家の中に突っ込み、全壊した。一緒に暮らしていた夫の両親は町内の避難所、岩佐さん夫婦は仙台市内の職場に寝泊まりすることになった。

 どう生活を立て直すか、気持ちは揺れた。自宅を再建するか、災害公営住宅に入るか、町外に引っ越すか。まずは夫婦で暮らすことを考え、町外に家を探した。ただ全壊の母屋とは別に、敷地内に建てた2階建ての離れのローンが1000万円あった。「二重ローンは無理だね」。2011年夏頃、そう結論を出した。

 ちょうどその頃、両親が母屋の跡地に畑を作り始めた。その姿を見て「ここにいるのがいいのかな」と思い始めた。離れは1階が車庫、2階に部屋があり、被害は少なかった。500万円ほどかけて改修し、住むことにした。

 震災前の花釜地区には保育所や幼稚園もあり、子供たちの声が聞こえた。それが今は、防潮堤を兼ねたかさ上げ道路の工事音に変わった。工事車両が近くを通ると家が揺れる。それでも岩佐さんは「ここでやり直そうと決意した。前向きに生きていくしかない」と自分に言い聞かせる。

隣の町で購入■復興計画待てず

 岩佐さん宅から南西に約200メートルの場所で、主婦の菅野寛美さん(76)は、夫の良雄さん(78)と長女夫婦、孫の5人で暮らしていた。自宅1階は浸水したものの、直せば住めた。でも今は、山元町に隣接する亘理町に購入した一軒家で暮らす。「本当は山元町に残りたかった」と漏らす。

 震災後、仙台の学校や職場に通う長女家族と離れ、菅野さん夫婦は町内の仮設住宅に入った。11年9月に始まった町の住民説明会には、町がどのように復興を進めるのか関心があり、足しげく通った。ただ、新市街地を造ることがメインで、花釜地区の街づくりについて言及はなかった。

 内陸に移す常磐線の復旧も見通せず、13年の初め頃、長女の立石由香さん(50)がついにしびれを切らした。「もうだめだね。家探すから。建てるから」。家族がバラバラになることは考えられず、菅野さんは山元町を離れる決意をした。少しでも山元町に近いところをと、今の場所に決めた。

 菅野さんは週に1回、山元町で開かれる体操教室に参加し、震災前からの友人と世間話に花を咲かせる。花釜の自宅は、解体してから約9年。良雄さんは跡地に通い、草むしりをしている。「もう住んでいないけど、やっぱり行くとホッとする」。菅野さんはそうつぶやいた。

新市街地へ移転■便利さ魅力

造成前(2012年6月撮影、提供写真)
造成前(2012年6月撮影、提供写真)
新市街地「つばめの杜」(2月28日、読売機から)=若杉和希撮影
新市街地「つばめの杜」(2月28日、読売機から)=若杉和希撮影

 海岸から1キロほどの場所に家があった坂根守さん(77)は現在、内陸に整備された新市街地「つばめのもり」の分譲地に建てた平屋住宅で、妻と愛犬と共に暮らしている。「最初は、窓を開けると隣の家の壁があってびっくりした。前は庭が広かったからね」と笑う。

 自宅は津波で浸水したが、700万円ほどで修繕できると言われた。ただ、近所の家は軒並み流失し、後に住宅の新築が禁止された災害危険区域第1種に指定された。「誰もいなくなった場所に住んでもしょうがない」と取り壊しを決めた。

 いったんは町外のアパートに引っ越したものの、いずれは山元町に帰り、新しい街に移るつもりだった。「自分の古里だし、愛着もある。それにどんな街ができるのか興味があったから」

 今はつばめの杜西区の区長を務める。独り暮らしの高齢者を訪問したり、行事を開催したりと忙しい。「病院、歯医者、飲み屋、町の複合施設、スーパーもあり何不自由なく暮らせる。ここは山元町の表玄関だと思っている」とうなずいた。

内陸に街集約 町が誘導…移転費補助を優遇

 岩手、宮城、福島の東北3県のうち、26市町村が条例で津波浸水域や危険性のある地域を災害危険区域に指定している。その総面積は1万6021ヘクタール(昨年4月現在)。山元町は1割強の1945ヘクタールに及び、福島県南相馬市に次いで広い。

 震災前の山元町は、小さな集落が点在する一方、中心市街地がない町だった。約1万6000人の人口を抱えるが、大規模商業施設はなく、若年層の流出に歯止めがかからないという課題があった。

 このため、2011年度当初予算案には、町の玄関口となるJR常磐線の山下駅前広場のロータリー化に向けた予算が盛り込まれた。「魅力ある中心市街地」を実現する第一歩だった。

 そこに起きた震災を、町は新たな街づくりを始める機会ととらえた。当時、副町長だった平間英博さん(63)は「国からの復興予算が使えることになり、『防災集団移転』を使って移ってもらおうと考えた。災害危険区域を広く設定することで、新市街地への移住を促進するという狙いもあった」と明かす。

 町は災害危険区域を津波の浸水深に応じて、独自に第1~3種に区分した。区分によって、支援にも差を付けた。第1種(津波浸水深3メートル超)は新たな居住用建物の建築を禁じ、第2種(2~3メートル)と第3種(1~2メートル)は建築を可能としたが、土地のかさ上げを必要とするなどの条件を付けた。

 さらに第1種、第2種の宅地は買い取り、新市街地に自宅を再建する場合は、最大約1200万円を補助する制度も設けた。ただし、町外に移転する場合の移転費用補助は最大約80万円、災害危険区域内で自宅を修繕する場合は最大約730万円などで、補助額に格差を付けた。「差を付けることで、新市街地に人を誘導しなくてはいけなかった」と平間さんは語る。

 結果、町内には3地区計57ヘクタールの新市街地が誕生し、1月末現在、町の人口の1割強にあたる1587人が暮らす。同町の斎藤俊夫町長は取材に、「災害危険区域に住み続けるのは、個人の都合があるのでやむを得ないが、少しでも内陸に移り住んでほしい。新市街地に都市機能や商業施設を集約し、暮らしに潤いをもたらすことができた。街づくりとして最善の方法だった」と説明している。

 取材・長沼美帆、鶴田裕介 デザイン・武居智子

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使い方
1878569 0 企画・連載 2021/03/02 05:00:00 2021/03/10 09:43:57 空撮?(19日午後9時58分)=武藤要撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/03/20210301-OYT1I50080-T.jpg?type=thumbnail

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