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「娘はどうやって亡くなったのか」、父親は調査を要望…震災資料の廃棄に危機感

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 岩手県大槌町は、東日本大震災で犠牲になった町職員39人の死亡時の状況を調べている。町に調査を要望した遺族の一人である小笠原人志さん(68)は、町職員だった長女の裕香ゆかさん(当時26歳)を亡くした。「娘がどうやって亡くなったのか、今もはっきりしないことがある」と、解明を求めている。(宍戸将樹)

旧役場庁舎跡に作られた献花台で手を合わせる小笠原さん。「二度と同じことが起きないでほしい」と願っている(2月22日、岩手県大槌町で)
旧役場庁舎跡に作られた献花台で手を合わせる小笠原さん。「二度と同じことが起きないでほしい」と願っている(2月22日、岩手県大槌町で)

 裕香さんは震災当時、福祉課に勤務していた。出先から役場に戻る途中、高齢者の避難の手助けをしていた時に津波にのまれ、亡くなったとみられている。

 釜石市鵜住居町の自宅から、妻が裕香さんを役場まで送り迎えしていた。小笠原さんもたまに迎えにいった。「車の中でラジオ聞いて待ってたら、怒られたときもあった」と振り返る。

 こまやかな気遣いのできる、自慢の娘だった。今でも中学、高校時代の同級生が自宅を訪れる。「裕香に色々助けてもらった。足を向けて寝られない」と言って線香をあげていく。

 小笠原さんは震災発生時、県交通バスの運転手だった。震災後、連絡が取れない裕香さんのことを気にかけながら、消防隊員や避難者をバスで運んだ。裕香さんの捜索は長男に任せ、仕事を続けた。「それが今やるべきことだ」と思っていた。

 裕香さんが亡くなったのを知ったのは、5日ほどたってからだった。「早く捜しにいってあげるべきだった」という思いもある。

 心の中に今も引っかかっている言葉がある。裕香さんの就職が決まった時、「公務員は全体の奉仕者。時には町民のために命をかけて仕事しなくてはいけないこともあるぞ」と伝えた。裕香さんは「分かってるよ」と答えた。「津波のことは頭になく、心構えの問題として話した。あんなこと言わなきゃ、今頃どうなっていたかな」と悔やむ。

 裕香さんが亡くなった際の詳細がわからないことに、割り切れない気持ちを抱え続けてきた。町に調べてほしいと思っていたが、「復興に向けて頑張っている職員の足を引っ張るわけにいかない」と、表だっての言及は避けてきた。

 しかし2018年、町が震災時の関係資料を廃棄したことを知り、「このままでは何もわからずじまいになってしまう」と危機感を覚え、職員の死亡時の状況調査を求める要望書を出した。「パフォーマンスだと言われたけど、娘の尊厳を守りたかった。『津波に突っ込んでいった』などと言われたくない」という切実な思いだった。「他の役場職員の遺族にも自分と同じ気持ちの人はいるが、『身内に迷惑をかけられない』という人もいた。自分にはそうしたしがらみはなかった」と言う。

 小笠原さんは「身の回りが落ち着いた今のほうが、娘のことをよく思い出す。10年たっても気持ちは変わらない」と話す。町は今年中に調査結果をまとめる予定だ。「娘の分は新しい話はないかもしれないが、しっかり調査して遺族に説明してほしい。同じことを繰り返さないようにしてほしい」と語った。

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1908089 0 企画・連載 2021/03/13 13:05:00 2021/03/13 13:05:00 旧役場庁舎跡の献花台で手を合わせる人志さん。「二度と同じ事が起きないでほしい」と願っている(22日午後3時4分、大槌町旧役場庁舎跡で) https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/03/20210313-OYT1I50025-T.jpg?type=thumbnail

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