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津波で失った7か月の長男が自分の足で立つ夢…「元気でやってるよ」対話続ける父

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墓前に置いたままの携帯電話を手に取る番場さん。孝心ちゃんのおもちゃも並ぶ(2月10日、南相馬市で)=武藤要撮影
墓前に置いたままの携帯電話を手に取る番場さん。孝心ちゃんのおもちゃも並ぶ(2月10日、南相馬市で)=武藤要撮影

 東日本大震災の津波で、7か月の長男・孝心こうしんちゃんら家族5人を亡くした福島県南相馬市の会社員番場孝文さん(42)は、気持ちが沈むと家族が眠る墓を訪れる。「元気でやってるよ。心配しないで」。そう伝えながら手を合わせる。10年の歳月が心の傷を少しずつ癒やしてくれた。これからも記憶の中の家族と一緒に生きていくつもりだ。(割田謙一郎)

 墓には「家族と話せるように」と、自分が当時使っていた折りたたみ式の携帯電話を10年間置いたままにしている。毎年4月には孝心ちゃんの年に合わせてプレゼントを置く。離乳食や縄跳び、昨年は人気アニメのカードを供えた。

 あの日、海岸から約1キロにあった同市原町区萱浜の自宅は、高さ10メートルの津波に襲われた。4世代7人が住んでいた。番場さんと父・邦義さん(69)は仕事に出かけていたが、家には孝心ちゃんと妻・里絵さん(当時33歳)、母・由美子さん(同55歳)、父方の祖父母の5人がいた。

 県内外の避難所などを転々とし、約1か月後、原町区に戻って邦義さんとアパートで暮らし始めた。孝心ちゃんを囲むように7人が並んだ食卓の風景はもうない。つかまり立ちができたとはしゃいで喜ぶ相手もいない。「助けられなかった」。自分を責め、さみしさに耐えられず、死ぬことも考えた。

 数か月後、同じように家族を亡くしたかつての同僚が自殺したと聞いた。自分が死んだら、邦義さんや、里絵さんの両親はどう思うか――。「死んじゃだめだ」と直感的に思った。

 塞ぎがちな生活は変わらなかった。津波だけでなく、交通事故や病気など様々な状況で家族が亡くなる夢を何度も見た。それでも同じく家族を失った友人たちと接するうち、少しずつ、懐かしさを感じながら振り返ることができるようになった。「4、5年かけて、『家族との思い出を共有できる人がいてありがたい』と思えてきた」と語る。

 震災から7年後。番場さんは南相馬市を盛り上げようと始まった音楽イベント「騎馬武者ロックフェス」の運営に参加した。つらい時に話し相手になってくれた友人の誘いだった。「自分が助けてもらった分、これからは人に返していきたい」。2019年からはイベントの副代表に就任。昨年は新型コロナウイルスの影響で中止となったが、今後も続けたいと考えている。

 あれから10年を迎えても海はまともに見られない。気持ちに区切りをつけたいと思った時期もあったが、それはできないことがわかった。今は「無理して忘れなくてもいいかな」と思い始めている。

 最近、1歳になった孝心ちゃんが自分の足で立っている夢を見た。少し成長した姿を見ることができて、素直にうれしかった。

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1902376 0 ニュース 2021/03/11 10:18:00 2021/03/11 10:18:00 墓前に置いた携帯電話を手にする番場孝文さん(10日午前10時19分、福島県南相馬市で)=武藤要撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/03/20210311-OYT1I50020-T.jpg?type=thumbnail

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