【苦難を越えて・正倉院宝物の原点】(上)疫病退散 心一つに

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大仏造立、国民に呼びかけ

聖武天皇が安寧を願って造立した大仏。マスクをつけた参拝者が次々と訪れる(奈良市の東大寺大仏殿で)=原田拓未撮影
聖武天皇が安寧を願って造立した大仏。マスクをつけた参拝者が次々と訪れる(奈良市の東大寺大仏殿で)=原田拓未撮影

 淡い光が差し込む堂内に読経が響き渡る。奈良市の東大寺大仏殿。高さ約15メートルの盧舎那仏坐像るしゃなぶつざぞう(大仏)の前でマスク姿の僧侶が祈りをささげる。コロナ禍の早期収束を願う勤行だ。その場にいた参拝者も静かに目を閉じる。

 「世の安寧のために祈る。これはずっと続けてきたことです」と森本公穣・庶務執事は語る。つまり、大仏が造立された奈良時代から受け継がれてきた営みである。

 当時、日本国内は疫病によって未曽有の混乱に陥っていた。海の向こうとの交流が盛んになり、グローバル化が進んだ時代。大陸から九州へ持ち込まれた天然痘が735年、各地へ広がった。737年も再び流行し、死者が続出する。政権の中枢を担った藤原4兄弟を含む多くの貴族たちも命を落とした。

 史書・続日本紀しょくにほんぎによると、聖武天皇は「私の不徳によってこの災厄を生じた」と自らを責めた。税の減免、米の支給、資金の貸し付け……。現代にも通じる応急対策を打ち出し、疫病の症状などを記した文書を諸国に示した。

 さらに国家の命運をかけて発したのが、743年の「大仏造立のみことのり」である。仏教の力によって困難を克服し、平穏な社会を取り戻そうという巨大事業。完成までに10年近くを費やした。

 宮本勝浩・関西大名誉教授(理論経済学)の推計では、建設費は現在の価格で4657億円。新国立競技場三つ分に相当する。「当時、想像もつかない膨大な支出だっただろう」と宮本さんは言う。

 これほどの事業を手がけた意図は何だったのか。

 聖武天皇は国民にこう呼びかけたという。「一枝の草、一握りの土でも持ち寄って造立に協力したいという人がいれば、ともに造ろう」。苦難を乗り越えるには、国民が心を一つにすることが肝要だと考えたからだろう。やがて大仏は国家と国民の平穏を祈るための象徴となる。

 正倉院宝物は、その大仏に756年、光明皇后が亡き夫、聖武天皇のゆかりの品々を献納したのが始まりだ。世の安寧を祈り続けた2人の思いが込められている。

出展される薬の一つ「五色龍歯(ごしきりゅうし)」。象の歯の化石とみられ、鎮静効果を持つとされる
出展される薬の一つ「五色龍歯(ごしきりゅうし)」。象の歯の化石とみられ、鎮静効果を持つとされる

 光明皇后は、夫の遺愛品に加え、様々な薬をささげた。病人に薬を施す「施薬院せやくいん」を創設して自らも社会救済に尽くし、天然痘の大流行にも向き合った経験からだろう。薬の目録には「病に苦しむ人に用いてほしい」との願文を添えている。実際に多くの薬が使われたという。

 「国難の中、聖武天皇と光明皇后が世の中に示したのは他者を思い、支え合うことの大切さだった」と渡辺晃宏・奈良大教授(日本古代史)は話す。今年はそうした薬がまとめて出展される。コロナ禍と向き合う今、奈良時代の苦難に思いをはせるきっかけになるだろう。

 第72回正倉院展は24日、奈良国立博物館で開幕する。新型コロナウイルスに直面する今、奈良時代に多くの人々が疫病に立ち向かった歴史をひもとき、正倉院宝物の由来とそこに託された思いをつづる。

第72回正倉院展
10月24日~11月9日 奈良国立博物館 特別協力 読売新聞社
無断転載・複製を禁じます
1561800 0 正倉院 2020/10/20 10:00:00 2020/10/21 10:24:05 2020/10/21 10:24:05 東大寺の大仏殿で、マスクをつけて参拝する人たち(24日、奈良市の東大寺で)=原田拓未撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/10/20201019-OYT8I50028-T.jpg?type=thumbnail

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