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時を超えた逸品…救済の心 にじむ

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 奈良市の奈良国立博物館で11月9日まで、「第72回正倉院展」が開かれている。今年は、光明皇后が奈良・東大寺の大仏に献納した薬がまとまって出展されているのが特徴だ。現代の新型コロナウイルスと同じように疫病が流行した奈良時代に、光明皇后はなぜ、聖武天皇の遺愛品や薬を大仏にささげたのか。正倉院展にあわせて、宝物献納の歴史的背景やその意義などについて、杉本一樹・前宮内庁正倉院事務所長と湯山賢一・前奈良国立博物館長に、語り合ってもらった。(司会は辻美弥子・大阪本社文化部長)

文化財保護の原点…光明皇后弱者思う

すぎもと・かずき 1957年生まれ。宮内庁正倉院事務所保存課長、同事務所長などを歴任。現在は同事務所宝物調査員、正倉院文書研究会代表。専門は日本古代史。)
すぎもと・かずき 1957年生まれ。宮内庁正倉院事務所保存課長、同事務所長などを歴任。現在は同事務所宝物調査員、正倉院文書研究会代表。専門は日本古代史。)

 ――今年は薬の宝物がまとまって出展されますね。
 杉本 正倉院の薬は、光明皇后が聖武天皇の四十九日にあわせて、そのご愛用の品々を東大寺の大仏に献納されたのと同じ日に、もう一つのセットとして献納されたものが中心です。光明皇后はそれ以前から、病人を救済する施薬院を作るなど、社会的弱者へ寄せる思いがあったのでしょう。

 湯山 実は、その時の薬の献納目録「種々薬帳しゅじゅやくちょう」(今年は非出展)は、本文と最後の署名部分で筆跡が違うんです。光明皇后の薬への特別な思いから筆跡を変えたのでは、と考えています。

 ――どういう理由でしょうか。
 杉本 種々薬帳の本文の筆跡は、中国の南方の流れをくむもので、苦労して中国の揚州から来日した僧・鑑真が関係しているのではないでしょうか。医学を含む先進文化を日本にもたらした鑑真への敬意を込めて書いた可能性が考えられます。

 ――献納された薬は60種あったそうですが、今はどれだけ伝わっていますか。
 杉本 胡椒こしょう1粒といったものも含めて38種です。戦後の専門家による調査で明らかになりました。

 ゆやま・けんいち 1945年生まれ。文化庁文化財鑑査官、奈良国立博物館長などを歴任。現在、神奈川県立金沢文庫長、東大寺ミュージアム館長。専門は古文書学、日本中世史。
 ゆやま・けんいち 1945年生まれ。文化庁文化財鑑査官、奈良国立博物館長などを歴任。現在、神奈川県立金沢文庫長、東大寺ミュージアム館長。専門は古文書学、日本中世史。

 湯山 種々薬帳には、病人の救済に使ってよいということが記されており、献納された年の12月には、施薬院に「人参にんじん」(今年は非出展)が支給されています。使うことが意図されて献納されたところが、ほかの宝物とは根本的に違います。

 杉本 ただし、動物の化石や鉱物系の薬はほとんど手つかずで残っています。中国ではやったのですが、日本では使いこなしきれなかったようです。

 湯山 それぞれの薬には、包みに出し入れのメモが書かれているんですね。

 杉本 薬ですから、中身を取り違えたり、混ざったりしないよう、薬の名を書き、献納の段階からつぼや包み、袋に入れられていました。象の化石の薬物「五色龍歯ごしきりゅうし」は、絹織物で包んでいました。

 ――五色龍歯は使われたのですか。
 杉本 使われていませんね。正倉院には、「延暦十二年曝凉使解ばくりょうしのげ」のように点検記録が残されていて、薬の動きも分かります。

 湯山 宝物の保存には湿気と虫が一番の害で、それを防ぐのが定期的な曝涼、風入れです。きっちり点検していることが具体的に分かる文書で、今の文化財保護の原点といえます。

五色龍歯
五色龍歯
大黄
大黄
馬鞍
馬鞍

 杉本 例えば、「大黄だいおう」では、虫に食われた分の重さまで量っています。このように、宝物同士が何らかのかかわりを持っています。そこを見ていただくとうれしいですね。

 ――今年は武器、武具もまとまって出ていますね。
 杉本 聖武天皇の遺愛品を献納した際に、大刀やよろいも納められたのですが、764年の藤原仲麻呂の乱の時に出してしまった。今も献納宝物として北倉に入っているのは、「御甲残欠おんよろいのざんけつ」などごく一部。献納宝物ではないと推測された大部分の武器は、中倉に入っています。

 湯山 「馬鞍うまのくら」は、パーツが一式そろっているんです。これ以前のものは出土品ばかりで、これだけ残っているのはすごいことです。今年は競馬で、牝馬ひんばのデアリングタクトと牡馬ぼばのコントレイルという無敗の三冠馬が誕生しましたが、馬にかかわる格別の年ですね。

 杉本 木を組み合わせた鞍の骨格部分は、革ひもで結わえて、ほんのわずかな緩みをもたせています。馬や人の動きにあわせてショックを吸収するようになっています。

  ――現代の新型コロナウイルスのように、奈良時代も疫病が流行しましたね。
 湯山 光明皇后が発願した、天平12年(740年)5月1日の願文を持つ写経、通称「五月一日経」は、父母の追善供養のためと記されていますが、私は疫病の流行がきっかけとなって書写が始まったと思います。

 杉本 五月一日経は、その後に続く写経のお手本になりました。願文も含め、時期ごとに意味が多重的に加わりながら、写経も行われたのではないでしょうか。

墨絵弾弓
墨絵弾弓

前宮内庁正倉院事務所長 杉本一樹氏

杉本さんのすすめ…墨絵弾弓(すみえのだんきゅう)

 遊戯用の弓で、「散楽」という古代中国の民間芸能と、それを楽しむ人たちの姿が墨で描かれています。人物の顔や表情、お手玉などの芸の様子が、実にうまく描けています。着物の帯も上下を黒く塗り分けることで表現してあり、米粒にお経を書くような細かさで、技量もすごい。今年は少しゆとりをもって鑑賞できるので、会場にある絵の拡大パネルとあわせて、実物のサイズと躍動感のある情景の対比を実感してください。

前奈良国立博物館長 湯山賢一氏

正倉院古文書正集第三十六巻(長門国正税帳)
正倉院古文書正集第三十六巻(長門国正税帳)

 湯山さんのおすすめ…正倉院古文書正集(しょうそういんこもんじょせいしゅう)第三十六巻(長門国正税(ながとのくにしょうぜいちょう)帳)

 正税帳は、地方の国々が中央政府に提出した決算報告書です。今年は1年違いで作られた山口県西部の長門国と東部の周防すおう国のものが出展されていますが、よく見ると、周防国のものは原料処理が丁寧で、チリをよく取ってきれいにできている。対する長門国はチリが多いですが、紙としては厚みが均一で、周防国よりうまくできています。紙作りでは紙すきの技術がいかに大切か、よく分かる具体例です。ぜひ見比べてみてください。

薬と武器深いつながり

奈良国立博物館学芸部長 内藤栄氏

内藤栄・奈良国立博物館学芸部長
内藤栄・奈良国立博物館学芸部長

 奈良国立博物館の内藤栄学芸部長に、正倉院展の概要や見どころを聞いた。

平螺鈿背円鏡
平螺鈿背円鏡

 今年は薬や武器・武具など当時の生活を想起させるものから、鏡や楽器といった技巧を凝らした品々まで、幅広い宝物がそろいました。

 薬と武器・武具は関係の深いものです。聖武天皇が信仰した華厳経は、仏弟子になるために、殺生の道具である武器を持たず、人々を救うことに尽力しなければならないと説いています。光明皇后が、武器・武具を含む聖武天皇の遺愛品と薬を納めたのは、死後の世界で仏に仕えたいという聖武天皇の遺志に沿ったものだと考えています。

部分
部分

 薬の献納は、国や自治体による新型コロナウイルス対策のように、奈良時代にも国が財を投じて薬を入手し、庶民の救済にあてていたことを教えてくれます。薬のリスト「種々薬帳しゅじゅやくちょう」には、必要な人に分け与えるよう記されています。

 献納された遺愛品約650件のうち、3分の2が武器・武具でしたが、藤原仲麻呂の乱を平定する際に使われ、返ってきませんでした。今日、正倉院に伝わるものは、ほかの人々による献納品や東大寺の警護用が含まれると考えられます。

 注目の宝物の一つが、「平螺鈿背円鏡へいらでんはいのえんきょう」です。正倉院には、ヤコウガイを文様の形に切り取り、はめ込む螺鈿細工で飾った鏡がいくつかありますが、他のものが直径30センチ程度なのに対し、これは直径39・5センチで正倉院最大の螺鈿鏡です。文様の上下が明確で、獅子やサイがデザインされていることも、正倉院の鏡では他にはない特徴です。

 日本製の宝物では、染めた象牙を彫刻する撥鏤ばちるなど様々な装飾技法をふんだんに取り入れた碁盤「桑木木画碁局くわのきもくがのききょく」がおすすめです。脚の部分に木目の文様を金泥で描き、外国の高級材の雰囲気を出しています。他国の物が手に入りにくかった島国らしい技法で、海外への憧れも感じられます。

 「山水人物鳥獣背円鏡さんすいじんぶつちょうじゅうはいのえんきょう」の文様は、神仙世界を表しています。水辺で舟に乗る人たちの周囲を泳ぐ水鳥は、ウサギのような耳があったり、鹿の角が生えていたりと、よく見るとおもしろいですよ。

 今年は新型コロナの影響で、日時指定券を導入しました。例年のように鑑賞できないことは申し訳ないですが、新設したユーチューブ「ならはくチャンネル」や読売新聞オンラインで動画を公開しています。

 コロナ禍の中、古代の薬について知る意義は大きいと思います。当時の人々の疫病との闘いに思いをはせつつ、すばらしい工芸品の数々を楽しんでください。

聖武天皇の遺愛品を献納

 正倉院はもともと、古代の官庁や寺院にあった稲や宝物を収める倉庫「正倉」がある一角を指した。時代とともに廃絶し、東大寺の正倉だけが残ったため、固有名詞化した。光明皇后が756年、聖武天皇の四十九日にあわせて、その遺愛品を東大寺の大仏に献納したのが正倉院宝物の始まりだ。

 正倉院の宝庫・正倉は、断面が三角形の木材を井桁状に組み上げた「校倉あぜくら造り」で、全長33メートル、奥行き9・4メートル、高さ14メートル。内部は三つに分かれており、北倉には聖武天皇の遺愛品や薬物、真ん中の中倉には大仏開眼会で献納された品、武器、写経所関係の文書など、南倉には東大寺の儀式に用いた仏具などが納められた。このほか、明治時代に東大寺から皇室に献納された経典などを納めた倉「聖語蔵しょうごぞう」もある。

 宝物は現在、鉄筋コンクリート造りの西宝庫・東宝庫に移され、宮内庁正倉院事務所が管理している。

正倉院展短歌・俳句コンクール作品募集

 ■ 読売新聞社などは、正倉院展の記事や読売新聞オンラインの解説動画を見て思ったことや、奈良国立博物館で鑑賞して感じたこと、正倉院宝物や天平時代への思いをはせて詠んだ短歌と俳句を募集しています。

 ■ ジュニアの部(小学生~高校生)と一般の部の2部門。1人につき短歌2首、俳句2句まで(短歌のみ、俳句のみの応募も可)で、未発表の作品に限ります。

 【応募期間】11月13日(金)まで(当日消印有効)
 【応募方法】ホームページ の応募フォームか所定の用紙でご応募ください。
 【問い合わせ】読売新聞大阪本社文化事業部(06-7732-0063、平日午前10時~午後5時)

オンラインで楽しもう

 会場でご覧いただけない方々のために、見どころを紹介した動画を読売新聞オンラインで配信しています。「紡ぐプロジェクト」のサイトでは、正倉院宝物を守り伝える取り組みを紹介する動画を配信中です。本年は、公式図録・オリジナルグッズの通信販売も特設サイトにて実施します。

読売新聞オンライン 紡ぐプロジェクト 通販特設サイト

第72回正倉院展

  奈良国立博物館 (奈良市登大路町)
 11月9日(月)まで※会期中無休
  チケットは完売しています
  【開館時間】 午前9時~午後6時。金・土・日曜と祝日は午後8時まで。
 ※本展は事前予約の日時指定入場制です。チケットはほぼ完売しており、奈良国立博物館での当日券の販売はありません。
 詳細はハローダイヤル((電)050・5542・8600)か、 奈良博ホームページ 読売新聞オンライン で。
  【主催】 奈良国立博物館
  【協賛】 岩谷産業、NTT西日本、関西電気保安協会、近畿日本鉄道、JR東海、JR西日本、シオノギヘルスケア、ダイキン工業、大和ハウス工業、中西金属工業、丸一鋼管、大和農園
  【特別協力】 読売新聞社
  【協力】 読売テレビほか

 

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1588465 0 正倉院 2020/10/29 18:42:00 2020/11/02 17:13:02 2020/11/02 17:13:02 2五色龍歯(北倉70) https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/10/20201029-OYT8I50076-T.jpg?type=thumbnail

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