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「古代」浮かぶ正倉院文書

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帰国の防人に米と塩 鑑真に経典貸し出し

 奈良・正倉院に伝わる「正倉院文書もんじょ」は、古代の律令制の仕組みや官人たちの活動などを教えてくれる貴重な史料だ。「第72回正倉院展」(9日まで、奈良国立博物館)でも一部が公開されている。その見どころや魅力を、「正倉院文書研究会」前代表の栄原永遠男とわお・大阪市文化財協会理事長と、佐々田悠・宮内庁正倉院事務所保存課調査室長に聞いた。

二次利用で残存

《1》「周防国正税帳」にある、防人への食料支給に関する記述。小長谷常人の名も見える
《1》「周防国正税帳」にある、防人への食料支給に関する記述。小長谷常人の名も見える

 ――今年の文書の特徴は。

 栄原 薬や武器の宝物にちなんだ文書が出ています。例えば天平9年(737年)の長門国ながとのくに(山口県西部)の決算報告書「長門国正税帳しょうぜいちょう」には疫病がはやったことが、翌年の周防国すおうのくに(同県東部)の「周防国正税帳」=《1》=には朝廷に納めるために作った武具の経費が書かれています。

 佐々田 平安時代の律令の施行規則「延喜式」にも、各国が毎年武器を作って中央に供出する規定があり、天平の頃から変わっていません。

 栄原 周防国正税帳には、北九州の防備にあたった防人さきもりが国元に帰る際に支給した米や塩の記録もあります。これを読むと、防人は3班に分かれて帰国し、ほぼ2日かけて周防国を通過したと分かります。ちなみに引率の責任者になっている小長谷常人おはつせのつねひとは、2年後に起きた藤原広嗣の乱で、広嗣側について討たれた人物です。

 ――いろんなことが分かるんですね。こうした公文書はなぜ残ったのですか。

《2》「御野国味蜂間郡春部里戸籍」に記された「兵士」「歩桙取」の文字と出展されている鉾(左)
《2》「御野国味蜂間郡春部里戸籍」に記された「兵士」「歩桙取」の文字と出展されている鉾(左)

 栄原 公文書は保存期間が過ぎると廃棄され、裏側が二次利用されました。東大寺の写経所で使われたものだけが、正倉院文書として残ったんです。一番古い公文書は大宝2年(702年)の戸籍類で、「御野国味蜂間郡春部里戸籍みののくにあはちまぐんかすがべりこせき」=《2》=もその一つです。一群の最後は、天平12年(740年)の遠江国浜名郡とおとうみのくにはまなぐん(静岡県西端)の田租などの報告書「輸租帳ゆそちょう」です。今年は最初と最後が出ています。

 ――戸籍には、人名や年齢以外の記述もありますね。

 佐々田 戸籍は税を負担するために作られたもので、課税区分や位の有無などが記されています。御野国(美濃国、岐阜県南部)の戸籍は男性が先に書かれており、同じ年に作られた九州の戸籍と形式が違います。

さかえはら・とわお 1946年生まれ。2020年から現職。大阪歴史博物館名誉館長、大阪市立大名誉教授。専門は日本古代史。
さかえはら・とわお 1946年生まれ。2020年から現職。大阪歴史博物館名誉館長、大阪市立大名誉教授。専門は日本古代史。
ささだ・ゆう 1976年生まれ。2008年に宮内庁正倉院事務所に入所し、20年4月から現職。専門は日本古代史。
ささだ・ゆう 1976年生まれ。2008年に宮内庁正倉院事務所に入所し、20年4月から現職。専門は日本古代史。

 ――「兵士」もあります。

 栄原 兵役のことですね。最近の研究では、だいたい1戸につき1人の兵士を出したようです。ほかに、ほこを持つことを示す「歩桙取かちのほことり」などの文字も見えます。

 佐々田 出展している鉾の柄は4メートル以上あります。あんな長いものを持って歩くのは大変だと思いますが。

 栄原 そうですね。歩兵の長槍ながやり部隊のようなものがあったのでしょうか。

帳簿用のメモ?

 ――正倉院文書はどれぐらいあるのですか。

 佐々田 数え方にもよりますが、1万数千点になります。明治時代に整理され、現在は667巻と5冊に分類されています。二次利用された多様な公文書だけでなく、写経所や、東大寺の造営にあたった役所「造東大寺司」がやり取りした文書などもあります。

 ――公文書以外には、どんなものがありますか。

《3》「続々修正倉院古文書 第十六帙第七巻」に含まれる、鑑真のもとに3種の経典を貸し出した際の記録
《3》「続々修正倉院古文書 第十六帙第七巻」に含まれる、鑑真のもとに3種の経典を貸し出した際の記録

 佐々田 例えば今回出展の「続々修正倉院古文書 第十六ちつ第七巻」は、僧侶の経典借用願いや写経所の記録をまとめたものです。来日した中国僧・鑑真のもとに3種の経典を貸し出した際の記録=《3》=もあります。今回は出ていませんが、鑑真が経典の借用を求めた書状も残っています。

 栄原 求めたのは重要な経典ばかり。鑑真が知らないわけはない。想像ですが、日本の仏教のレベルを知るためだったのではないでしょうか。

 ――「続々修正倉院古文書 第四十四帙第十巻」にも、様々な文書が貼り継がれています。

 佐々田 その一つが、収納容器のひつに何が入っているかを書き上げた記録です。

 栄原 写経所の事務官は、写経生に筆や紙などを支給しなければならない。そうしたものを櫃ごとに整理していたことが分かります。

 佐々田 冒頭に薄い字で「申送案文」と書いています。担当の引き継ぎなどが想像されますね。

 ――字がびっしり書かれた文書もありますね。

 栄原 写経所の日々の記録です。事務官が心覚えに書いていたんでしょうね。

 佐々田 新しく入ってきた写経生2人に、浄衣という作業着を支給するところから始まっています。物品やお金、衣料などの出し入れは普通、用途ごとの帳簿に書くことが多いのですが、これはごちゃ混ぜです。後で帳簿を作るための手元のメモだったのかもしれません。今と同じですね。

薬出庫の追記

 ――793年の宝物点検記録「延暦十二年曝凉使解えんりゃくじゅうにねんばくりょうしのげ」=《4》=も出展されています。

《4》「延暦十二年曝凉使解」(上)には、今回出展の「五色龍歯」(下)をはじめとする薬の名が並ぶ
《4》「延暦十二年曝凉使解」(上)には、今回出展の「五色龍歯」(下)をはじめとする薬の名が並ぶ
「延暦十二年曝凉使解」にある、延暦13年に人参を内裏へ出したことを示す追記。最後に「鈴」のような字がある
「延暦十二年曝凉使解」にある、延暦13年に人参を内裏へ出したことを示す追記。最後に「鈴」のような字がある

 佐々田 今回出展の「五色龍歯ごしきりゅうし」なども見えます。翌年の延暦13年(794年)に薬を出したという追記もあるんです。人参にんじんの項目には「内裏に進上した」とあり、最後に「鈴」のような字を書いています。これは「けん(金へんに「今」)」という字で、ここで記述は終わり、と示す印だと思われます。

 ――最後に正倉院文書の楽しみ方を教えてください。

 栄原 読み解くことで古代の場面が身近に立ち上がってきます。字の羅列の向こうに躍動的な世界が広がっていることを感じてもらえれば。

 佐々田 事実を知る面白さはもちろん、字の書き方など見た目で分かることもあります。古代の人たちのリアルな営みを今に引きつけて考えてみると、より一層楽しめると思います。

第72回正倉院展

 奈良国立博物館(奈良市登大路町)
 11月9日(月)まで ※会期中無休
  チケットは完売しました
  【開館時間】  午前9時~午後6時。金・土・日曜と祝日は午後8時まで。
 ※本展は事前予約の日時指定入場制です。チケットは完売しており、奈良国立博物館での当日券の販売はありません。
 詳細はハローダイヤル((電)050・5542・8600)か、 奈良博ホームページ 、読売新聞オンラインで。
  【主催】 奈良国立博物館
  【協賛】 岩谷産業、NTT西日本、関西電気保安協会、近畿日本鉄道、JR東海、JR西日本、シオノギヘルスケア、ダイキン工業、大和ハウス工業、中西金属工業、丸一鋼管、大和農園
  【特別協力】 読売新聞社
  【協力】 読売テレビほか

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 会場でご覧いただけない方々のために、見どころを紹介した動画を読売新聞オンラインで配信しています。「紡ぐプロジェクト」のサイトでは、正倉院宝物を守り伝える取り組みを紹介する動画を配信中です。本年は、公式図録・オリジナルグッズの通信販売を特設サイトにて実施しています。

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1603654 0 正倉院 2020/11/05 12:00:00 2020/11/05 12:07:38 2020/11/05 12:07:38 「周防国正税帳」にある、防人への食料支給に関する記述。小長谷常人の名前も見える。後ろには「造年料兵器伍種」として、武具の作成費も列記している(奈良市の奈良国立博物館で) https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/11/20201105-OYT8I50005-T.jpg?type=thumbnail

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