【宝物のちから】中…写経 国挙げ安寧願う

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 国難の続いた奈良時代、社会の安寧を願うため、大仏造立と同時に行われた国家事業に写経がある。

平穏を願い、今も各地で行われている写経(奈良市の海龍王寺で)
平穏を願い、今も各地で行われている写経(奈良市の海龍王寺で)

 夫の聖武天皇とともに仏教に帰依し慈善事業にも取り組んだ光明皇后が、とくに心血を注いだプロジェクトだ。唐に留学した玄昉げんぼうという僧が、大量の経典と目録を持ち帰ったのを機に役人を動員して始めた。疫病流行のさなか、736年のこととされる。

 光明皇后に関する著書がある瀧浪貞子・京都女子大名誉教授は「皇后には、みんなで気持ちを一つにして写経を行い、世の平穏を得たい思いがあったのではないか」と推測する。足かけ20年で仕上がった経典は約7000巻にのぼり、願文に記された日付から「五月一日経」とも呼ばれる。うち750巻が残り、その一部が今年も出展される。

出展される筆
出展される筆
出展される墨
出展される墨

 写経の現場はどんな状況だったのか。「印刷機もない時代、仏教に救いを求め、すべての経典を写そうという大変な作業だった」と、正倉院文書に詳しい丸山裕美子・愛知県立大教授は言う。

 東大寺などに官営の写経所が設置され、事業は組織的に展開されていく。携わる役人は写経生と呼ばれ、字が上手な者が選抜された。常時30~50人程度が書写、校正、装丁を分担し、泊まり込みで働いた。時間と労力を費やした写経事業。ひたすら筆を走らせる写経生も随分ハードな日々を過ごしたことだろう。

 丸山氏はそこに宿る思いを想像する。「多くの人が疫病に倒れる事態を目の当たりにし、仏教によって人々の安寧を祈念したのがこの事業だった。ありがたい教えを天下に流布し、災いを消すという願いが込められている」

 写経事業に伴い発展したものもある。「 筆墨硯紙ひつぼくけんし 」に代表される書の文化だ。今年はそうした貴重な品々がまとまって公開される。筆記具を研究する大東文化大非常勤講師の日野 楠雄なんゆう さんは「書の文化は平安時代に花開いた。正倉院の筆は、その形成期の時代の頂点にあたるもので、日本文化の原点といえる」と説く。

 今月、文化審議会は書道を登録無形文化財にするよう答申した。いま見直される身近な文化は、厳しい危機の時代に育まれた。そんな事実を宝物は教えてくれる。

=第73回正倉院展=
 10月30日(土)~11月15日(月)
 奈良国立博物館
 【特別協力】 読売新聞社
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使い方
2489881 0 第73回正倉院展 2021/11/02 14:40:00 2021/11/02 14:37:51 筆(提供No・10) https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/11/20211102-OYT8I50021-T.jpg?type=thumbnail

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