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金4、銅2 東京オリンピックに手応え~アジア大会

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 東京オリンピックの前哨戦とも言われたアジア大会で、日本勢は男女個人形を征すなど、金メダル4個、銅メダル2個を獲得した。

男子組手84キロ級 荒賀がV2…試合運び 終始冷静

空手男子組手84キロ級で、クウェートの選手を破って大会2連覇(右)(2018年8月27日、ジャカルタで)=吉野拓也撮影

 世界ランキング1位の貫禄をアジアの空手ファンに示した。2連覇を果たした男子組手84キロ級の荒賀龍太郎(荒賀道場)は「ホッとしています」。試合中の険しい目つきから、ようやく頬を緩めた。

 準決勝は1ポイント差。クウェート選手と対戦した決勝は1―1ながら、同点の場合は先取点を得た方を勝ちとするルールで制した。今大会は薄氷の勝利の連続に思えるが、王者は落ち着いていたという。本調子ではなく、「(攻撃の)間合いが合わない。とにかく失点しないようにした」。序盤は積極的に攻撃を仕掛け、ポイントを得た後は深追いしない計算通りの試合運びはさすがだった。

表彰式で金メダルを手に笑顔の荒賀龍太郎選手=吉野拓也撮影

 昨年は、国際総合大会の「ワールドゲームズ」や全日本選手権で優勝を逃すなど、2016年の世界選手権王者といえど安泰ではない。各国のレベルアップに加え、自身にも好不調の波がある。その中で「優勝できたことはプラスになると思う」と、調子が良くなくても結果を残せたことは大きな経験となったようだ。

 実家は空手道場。姉の知子さんは2006年のドーハ・アジア大会女王という空手一家に生まれ、3歳から空手漬けの日々を送る27歳にとって、悲願の五輪はあと2年。「実際に見てもらえれば迫力が伝わると思う」。空手界のエースは、夢舞台まで頂点に立ち続けるつもりだ。

  • ▽男子組手84キロ級 決勝

    荒賀龍太郎(荒賀道場)1―1メスフェル(クウェート)
    (内容勝ち)

  • ▽その他の選手の最終順位は以下の通り。
    <男子>
    組手
    • 75キロ級 
    • 渡邊大輔 1回戦
    • 67キロ級 
    • 篠原浩人 2回戦
    個人形
    •  
    • 喜友名諒 金メダル
    <女子>
    組手
    • 68キロ超級 
    • 植草 歩 金メダル
    • 68キロ級  
    • 染谷香予 銅メダル
    • 50キロ級  
    • 宮原美穂 銅メダル
    個人形
    •  
    • 清水希容 金メダル

空手アジア大会代表6人がメダルラッシュへ決意

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日本勢のメダルラッシュを誓った(左から)篠原浩人、渡辺大輔、荒賀龍太郎、植草歩、染谷香予、宮原美穂の各選手(2018年8月11日)=笠井智大撮影

 4年に1度開かれるアジア版オリンピックこと、第18回アジア競技大会(インドネシア)の空手代表のうち組手種目の男女6人が11日、東京都内で記者会見し、メダル獲得の抱負を語った。

 大会2連覇がかかる男子84キロ超級の荒賀龍太郎選手(27)(荒賀道場)は「東京オリンピックまであと2年。少しずつ空手も注目されるようになってきたが、もっともっとアピールできるように全員で金メダルを獲得したい」と決意を述べた。

 荒賀選手は日本勢最多3回目の出場となり、対戦相手による研究が最も進んでいる選手の一人。「新たな技を身につける必要がある」と、リーチを生かした蹴り技を開発し、突き技とのコンビネーションで新境地を開きたい考え。「今まで以上にプレッシャーがかかると思うが、負けずに立ち向かう姿を見てほしい」と力強く語った。

 同じく世界ランキング1位で、女子68キロ超級の植草歩選手(26)(JAL)は2回目の出場。前回大会(韓国・仁川)は銅メダルに終わっただけに「今回は絶対に優勝を取りに行きたい」と意気込んだ。「みんなで優勝したら、東京オリンピックではもっと空手に注目してもらえるはず」と、日本勢のメダルラッシュに期待を持たせた。

 体格に恵まれた植草選手だが、最近は海外選手との戦いを意識して背の高い選手との練習に時間を割いている。中でも、ポイントを取りやすい中段蹴りの成功率を上げようと、最終調整中だ。最大のライバルはイランのハミデ・アッバスアリ選手。先月のアジアシニア選手権大会で判定負けしたこともあり、雪辱に燃えている。

 大会は開会式翌日の19日から競技が本格化する。空手は25日から27日まで行われ、日本からは組手と形に男女計8人が出場する。東京オリンピックの前哨戦と位置づけ、全種目制覇を目標に掲げている。

  • ▽その他の出場選手は次の通り。
    宮原美穂(21)
    (女子組手50キロ級)帝京大学4年 ※初出場
    染谷香予(27)
    (女子組手68キロ級)テアトルアカデミー
    篠原浩人(29)
    (男子組手67キロ級)マルホウ
    渡辺大輔(28)
    (男子組手75キロ級)日本空手松涛連盟 ※初出場
    喜友名諒(28)
    (男子個人形)劉衛流龍鳳会 ※初出場
    清水希容(24)
    (女子個人形)ミキハウス

体験!染谷選手の気合と上段蹴り

 世界の舞台で戦う一流選手の技は、実際にどれくらいのものなのだろうか。

 この日、普段は取材をする側のメディア関係者らを対象に行われた形と組手の体験会に参加してみた。

 女子でも大柄な部門となる女子組手68キロ級の染谷選手は、「絶対、当たりませんから、大丈夫ですよ」と前置きしてから、頭部や顔面を狙う上段への蹴りと、中段への突きを繰り出した。目を開けていようと踏ん張ったものの、蹴りの足が自分の頬に近づいてくる風圧と、気合の迫力に、その場に立っているだけで全身に汗をかいた。

思わずひるんだ染谷選手の上段蹴り

 試合でポイントが高くなる上段蹴りはよく出される技だ。比較的、背が高い外国人選手は足の長さを利用し、突きから連続して上段蹴りを出すことが多いという。染谷選手は、その対策として自身がいま取り組む課題も交えながら、蹴りを実演して見せた。鬼気迫る気合の声とキレのある上段蹴りに、道場は一瞬、静まり返り、拍手が沸いた。

 体験会に参加したのは、男女半々ほどの約20人。まず教わったのは、「空手は武道。礼に始まり、礼に終わる」との心得だ。日常生活でするお辞儀の深さが15度だとすると、30度くらいを意識して腰から折るように深い礼をすると、より武道らしくなるという。

 基本となる立ち方だけでも、足の開き方や重心の置き方が異なる3通りがあり、突きや蹴りなど次の動作への流れを意識すると、全身の筋肉を使う。技に力をしっかり乗せるための基礎だとわかる。染谷選手は、「外国人選手は形と組手を完全に分けて考えるが、日本人選手は形も組手の基礎として、重要なものと考えている」と説明した。

 2人1組になった組手の「突き」「蹴り」の練習に移る。普段、運動といえば軽くジョギングするだけの私は、蹴りで慣れない方向に足を回す動作にお尻の筋肉がつりそうになって、まったく足が上がらなかった。選手の柔軟性の高さに改めて驚きつつ、自分の情けない姿に苦笑するしかなかった。

中段突きを練習

 組手では「寸止め」がルールだが「試合中は互いに動き回るので、事故が起きない試合は、『たまにある』という感じですね」と笑って話す染谷選手。それを聞いて、空手が格闘技であることを思い出し、冷や汗が噴き出した。

 空手に慣れない参加者を相手に丁寧に技を説明する染谷選手からは、攻撃の要所を押さえて勝利をつかもうという熱い思いと、空手の基本を大切にする武道の精神がひしひしと伝わってきた。つかの間、空手を体験し、染谷選手の風圧を顔で受けた自分は、少しだけ防御力が上がったような気がしている。

アスリート

植草歩

PROFILE

うえくさ・あゆみ/1992年7月25日、千葉県八街市出身。柏日体高等学校(現・日体大柏高等学校)から帝京大学へ進学。香川政夫師範に師事する。2015年、全日本空手道選手権大会(個人組手)で初優勝。16年、17年と3連覇を果たす。強さだけでなく、モデルで歌手のきゃりーぱみゅぱみゅに似たルックスでも注目されている。

INTERVIEW

  • 空手との出会い

  • インタビュア

    空手と出会う前はどんな子どもでしたか?

  • 植草

    ままごとが好きで、姉と一緒にお人形で遊んでいるような子どもでした。小学生になると、近所の男の子と外で走ったり、体を動かすのが好きな子になっていました。体育の授業もすごく好きでした。人と競争し、勝つためにがんばることが好きでした。

  • インタビュア

    小学3年生から空手を始めたそうですね。

  • 植草

    毎日一緒に遊んでいた幼なじみの男の子に誘われて、道場に顔を出したのです。「ミット打ちをしてごらん」と先生に言われてやってみたら、パーンとはじける音がすごく気持ちがよくて、父に「私は空手がやりたい」と伝えました。

  • 学生時代

  • インタビュア

    その後、中学、高校と空手を続けてこられました。

  • 植草

    (空手を続けられる環境を求めて)いろいろな高校を訪ねました。最終的に柏日体大高校に進学することを決めて、高校でぐんと成績が伸びた感じです。

  • インタビュア

    その頃から空手でも一番を目指していましたか?

  • 植草

    はい。でも、チャンピオンになりたいと思いつつも、負けたらどうしようとか、こうやって負けちゃうんじゃないかと、ネガティブな思考をしてしまう選手でした。

  • インタビュア

    それでも続けた空手の魅力とは?

  • 植草

    技を極めることや、相手がこう来るからどうするという(技の)工夫が好きで、どんどんはまりました。下の学年に強い子たちが入ってきてからは、常に勝たないと後輩を指導できないと思い始めてから成績が伸びるようになりました。人間的な成長とともに、空手の成長もできたと思います。

  • 空手家として

  • インタビュア

    空手人生を歩もうと決めたのは?

  • 植草

    大学です。高校でインターハイ3位になって、国体も優勝できました。空手の雑誌に載る、周りから注目される、大学の推薦が来る、という自分の中の目標がだいぶ達成されて満足していました。体育の先生になりたかったのです。でも、帝京大学から声をかけていただきました。親や高校の先生方から「帝京大学は日本一だから行くべきだ」と言われて、進学することに決めました。

    帝京大学には日本一、世界一の先輩がいて、自分が見たことのない世界でした。みんな意識が高くて、常に一番を目指しているチームで、最初はすごく圧倒されました。帝京に入ってから世界一、日本一を目指す選手になれたと思います。

  • インタビュア

    自分の人生にとって空手とは?

  • 植草

    私の人生を本当に大きく変えてくれました。空手をやっていなかったら、普通の女の子みたいにバイトして、ダイエットして、おしゃれして、という方に進んで、きっと体育の先生になりたいとも思わなかったのでは。

  • 東京オリンピック

  • インタビュア

    空手が東京オリンピックの追加種目に決まった時、どう思いましたか?

  • 植草

    やっと、オリンピック(種目)になったんだなと。中学、高校の頃、何度かオリンピック種目に入るチャンスがあったことは知っていました。テレビや雑誌で見てきた空手の選手がオリンピックに出てくれないかなって思って、子どもの頃はウキウキしていました。今その立場に自分が立っていて、そういうふうに思っている子どもたちはたくさんいると思うので、その期待に応えたいと思います。

  • インタビュア

    東京オリンピックに向けた計画は?

  • 植草

    技のバリエーションを増やすため、いろいろな技を試したり、自分の視野を広げたりしたいです。大会に出て(代表選考に必要な)ポイントをどんどん取って、オリンピックに向けて確立させていくというのが、今のざっとした目標です。

  • インタビュア

    得意技は?

  • 植草

    中段突きです。でも、みんなにばれているので、それを生かすために、もっとほかの技を増やしていきたいです。足技を使う他の競技を空手に生かしていかないといけないと思っています。

  • プライベート

  • インタビュア

    強さだけでなく、ルックスも注目されていますね。

  • 植草

    最初は恥ずかしい気持ちでいっぱいでした(笑)。でも、ほめられて嫌な気持ちになる人はいないと思うので、すごくうれしいです。(注目されることで)多くの人に空手を知ってもらうきっかけになれればいいと今は思っています。

  • インタビュア

    オフの日はどう過ごしていますか?

  • 植草

    おしゃれが大好きです。お化粧したり、髪の毛をおろしたりすることで、ふだんと違う自分になれると思っています。はやりのお店やイベントに行ったり、洋服を買いに行ったりすることが、私にとってリフレッシュになっています。(笑)

  • インタビュア

    植草選手のファンの方や小さいお子さんたちに一言お願いします。

  • 植草

    私は大学時代、空手で勝たなきゃ、勝たなきゃと自分自身を追い込んでいたところがありました。社会人になって気づいたのは、やはり何でも楽しんでやる方が人生は楽しい。しんどい時も、つらいと思うより、どうすれば楽しく乗り越えられるかを考えたら、空手もしんどくなくなりました。どんなことでも楽しむことが、人間として一番輝くきっかけになるのではないかと思います。空手だけでなくても、いろんなことをみんなに楽しんでやってもらいたいなと思います。

(2017年8月 東京都内で取材)

INTERVIEW MOVIE

喜友名諒

PROFILE

きゆな・りょう/1990年7月12日、空手発祥の地、沖縄県に生まれる。興南高校から沖縄国際大に進学。空手家の佐久本嗣男氏に師事する。2014、16年、世界選手権優勝。全日本選手権は2012年から6連覇し圧倒的な強さを誇る。

INTERVIEW

  • 友だちの影響で道場へ

  • インタビュア

    どんなきっかけで空手を始めましたか?

  • 喜友名

    5歳の頃、幼稚園で一番仲がよかった友だちが空手をやっていたので、両親に「自分もやりたい」と伝えて、それで始めました。両親からは「やるんだったら最後までやりなさい」と言われました。試合で優勝して楽しかったこと、道場に遊びに行く感覚で楽しく習っていたことが、空手を続けられた一番の理由だと思います。今は、空手をやればやるほど歴史も知りたくなり、空手の奥深さを研究することもとても好きなので、劉衛(りゅうえい)流の佐久本嗣男先生の空手を学びながら、自分の空手を磨いていくことに楽しさを覚えます。

  • 激しい稽古

  • インタビュア

    空手選手として人生を歩んでいくと意識しだしたのはいつ頃?

  • 喜友名

    中学、高校の時には世界チャンピオンになりたい、それまでは絶対に続けようと思っていました。将来は、自分の道場を持ちたいと考えていました。

  • インタビュア

    稽古熱心で有名です。ふだんの練習で心がけていることは?

  • 喜友名

    基本を大事に、常に限界を超えるように毎日稽古しています。

  • インタビュア

    思い入れのある形は?

  • 喜友名

    「アーナンダイ」(※)という形をもっともっと研究して奥深さを知り、自分のものにしていきたいと思っています。
    ※アーナンダイ:劉衛流で最高レベルとされる形の一つ

  • インタビュア

    「アーナンダイ」の特徴は?

  • 喜友名

    宗家が中国に渡って中国の達人から武術を学び、それが劉衛流の空手となったので、中国拳法の動きが入っています。ほかの流派も体さばきをして攻撃に移ることがあると思いますが、それを形の中でも表現しているのは、恐らく劉衛流ぐらいではないかと思います。その違いも楽しいところだと思います。

  • インタビュア

    形の追究には終わりがないと聞きますが?

  • 喜友名

    形には自分自身の精神面も出てくると思います。本当にその時々で違います。究極の形というのは、単純に言えば誰よりも速く、強く、正確に、ということです。それを自分自身でどれだけ磨き上げていくか、どこまで行けるか楽しみにしています。

  • 東京オリンピック

  • インタビュア

    競技空手の選手として今の目標は?

  • 喜友名

    もちろんオリンピックで金メダルを取ることが一番の目標です。

  • インタビュア

    東京オリンピックの追加種目に決まった時はどう思いましたか?

  • 喜友名

    「よっしゃー」という気持ちでした。まずは出場権を必死で取りに行きます。絶対に誰にも渡さずに3年間しっかり過ごしてオリンピックで金メダルを取る、それが今の意気込みです。オリンピックで空手の形とはこういうものだというのをアピールするのが、ほかの選手でなくて自分であるように、必死に戦って金メダルを勝ち取りたいと思います。

  • 空手家として

  • インタビュア

    喜友名選手にとって空手とは何ですか?

  • 喜友名

    今は(道場の)指導者として自分の職業にもなっています。自分の道を空手で作ってきました。空手を通していろいろな人と出会えたり、精神面や生活面のことも学べたりするので、自分の「道」だと思います。

(2017年8月、東京都内で取材)

INTERVIEW MOVIE

競技紹介・みどころ

 空手は、オリンピック競技候補に過去3回挙がるも採用されなかったが、2020年東京大会の地元開催枠競技として正式に採用された。日本勢のメダルラッシュも期待できる競技だ。

競技紹介

沖縄発祥の「突き」「蹴り」の競技

 空手の最大の特徴は「突き技」「蹴り技」だが、「投げ技」「固め技」などもある。

 発祥は沖縄。かつての琉球王国で「手(ティー)」と呼ばれた格闘術が、中国や日本の武術の影響を受けながら独特な進化をした。当初は、仮想の敵を相手に組み立てられた「形」という一連の動きを、一人稽古で繰り返し練習し、身体の鍛錬と「形」に込められた技術を習得していた(現在も源流の「沖縄の空手」が盛んだ)。2人で相対する「組手」も、もとは「形」の一種だ。

 戦前、本土に伝わり、主に大学で「形」の鍛錬が、続いて、2人で行う「組手」の練習(組手稽古)が広まった。「組手」では攻撃する部位や技術を制限し、突きや蹴りも相手の体に当たる直前で止めることとした。戦後の連合国軍総司令部(GHQ)による武道禁止政策でも「形」の鍛錬が中心の空手道は禁止されず、空手道を学ぶ学生はさらに増えた。

 1957年(昭和32年)には剣道のルールを参考に、全国規模で初の空手競技大会となる第1回全日本大学空手道選手権大会が開催された。これを機に、形を1人で演武し、その習熟度を競う「形競技」、突き・蹴りを中心として2人で打ちあう「組手競技」という現在の形がほぼできあがり、世界各地にも伝えられ、人気武道となった。

オリンピックは「伝統派空手」方式

 空手道には数多くのグループや流派がある。突きや蹴りをコントロールし、体にコンタクト(接触)する直前で止めることをルールとした空手は、「伝統派空手」と呼ばれる。特に頭部へ突きや蹴りを入れることは危険、との考えからだ。2020年東京オリンピックで行われるのは、この伝統派空手だ。

 伝統派空手の四大流派「松濤館流・剛柔流・糸東流・和道流」が中核となり、1964年(昭和39年)、オリンピック競技を目指すために全日本空手道連盟(全空連、JKF)が設立された。その後、全空連を母体に組織された世界空手連盟(WKF)が、世界レベルでのルール統一やオリンピック競技採用を実現させる活動を進め、現在は2020年東京大会に向け、競技運営やルールの再整備などに取り組んでいる。WKFには190を超える国・地域が加盟し、世界中で約1億3000万人の愛好者がいるという。

 一方、防具やグローブを着けて一部の当て身を可能としたり、体の各部位を徹底的に鍛えることで、実際に直接打撃で勝敗を決したりすることをルールとする空手もある。頭部を除く直接打撃ルールなどを採用するのが「フルコンタクト空手」だ。

中学校の武道必修化でも採用

 国内には数多くの空手道場があるが、学校教育の一環としても、小・中・高校生や大学生が、大半はWKF準拠の全空連ルールに従って「競技(スポーツ)空手」を学んでいる。2012年(平成24年)4月からは全国の中学1、2年生の保健体育で「武道必修化」がスタートし、柔道や剣道と並んで空手を習う中学生も増えつつある。

みどころ

みどころ 1

「組手競技」と「形競技」

 2020年東京オリンピックで、WKFルールで行われる空手競技は1対1の「組手競技」と通常は1人で演武する「形競技」に分かれる。
(写真の技は必ずしもポイントを獲得した場合のものではありません)

「突き・蹴り・打ち」を早く、正確に力強く…組手競技

 相対する2人の選手が自由に攻め合い、「突き・蹴り・打ち」をコントロールし、早く、正確に力強く極めるかを競う。

 攻撃部位は「上段(頭部、顔面、頸部)」「中段(腹部、胸部、背部、脇腹)」で、どの部位にどういう技を仕掛けたか、その難易度の違いなどでポイントが異なる。

  • 一本

    「一本」3ポイント (1)上段への蹴り(2)相手を倒しての突き

  • 技あり

    「技あり」2ポイント (1)中段への蹴り

  • 有効

    「有効」1ポイント (1)上段への突き、または打ち (2)中段への突き

試合時間は男子3分、女子2分

8ポイント差がつくか、試合終了時にポイントが多い方が勝ちとなる。同点の場合はポイントを「先取」した方が勝ち。「先取」ポイントがなかった場合は審判5人で判定する。

「受け・突き・蹴り・投げ・固め」は正確か効果的か…形競技

 仮想の敵に対する攻防を演武し、形として編まれた「受け・突き・蹴り・投げ・固め」などの技を正確に効果的に行えるかを競い合う。WKFが認定する「形リスト」から選んで演武する。それぞれの形には名称があり、演武直前にその名称を呼び上げる。形に定められた一連の動きについて、正確さ、力強さ、スピード、リズム、バランス、極めを競う。審判5人が判定する。(各流派に「型」と「形」の表現があったが、全空連で「形」に統一した)

みどころ 2

2020年東京大会では8種目で競う

 2020年東京オリンピックでは、組手競技が男女各3階級(体重別)の6種目、形競技は階級分けがなく男女2種目の合計8種目で争われる。出場枠は各10人。

 各国・地域の代表はそれぞれ1人が上限。日本は開催国である特権として、全種目に出場できる見込みだ。

 階級の体重区分は、男子は75キロ超級、75キロ級、67キロ級。女子は61キロ超級、61キロ級、55キロ級。

 「組手」は日本をはじめ各国の実力が拮抗きっこうし、イラン、フランス、エジプト、ウクライナ、ブラジルなどの選手も手ごわい。「形」は、日本の得意競技だが、スペイン、イタリア、トルコ、フランスなども迫っている。
(2018年3月末現在)

(写真は宮崎真・読売新聞写真部記者撮影)

2020×You

東京で沖縄の伝統文化「空手」を継承

作家 今野敏さん(62)

プロフィル

1955年9月27日、北海道生まれ。上智大学在学中の1978年に「怪物が街にやってくる」で問題小説新人賞を受賞。2006年に「隠蔽捜査」で吉川英治文学新人賞を、08年に「果断 隠蔽捜査2」で山本周五郎賞、日本推理作家協会賞をダブル受賞。今年、デビュー40周年を迎えた。近著に「任侠浴場」(中央公論新社)など。日本推理作家協会代表理事。

大学時代、空手同好会に所属し、卒業後も道場に通い続けた。99年に沖縄空手を追究する「空手道 今野塾」を設立。「義珍の拳」「琉球空手、ばか一代」「チャンミーグヮー」(いずれも集英社)など、空手にまつわる著作多数。

空手修行の原風景

 <空手は1800年代に琉球王国で成立してから現代まで、分派と統一の歴史を歩んできた。それは、士族階級の秘伝の武術だった空手が、誰でも挑戦できる西洋的なスポーツへと発展してきた歴史でもある。だが、競技化に伴って古い型(形)は変質を余儀なくされた。>

 「隠蔽捜査」シリーズを始めとする警察小説の第一人者、作家の今野敏さん(62)は、空手塾「空手道 今野塾」を主宰する武道家としての顔も持つ。

 その指導は独特で、空手発祥の地、沖縄で継承されている伝統的な型を取り入れ、型に始まり、型に終わる。そもそも、塾の教えに「試合」や「勝ち負け」という概念が存在しない。現在主流の競技空手とは別世界の、いわば空手修行の原風景を見ようと、東京・目黒の本部道場を訪ねた。

 40畳ほどの板張りの道場で、十数人の弟子たちが、気合を込めて、突き、蹴り、受けの動作を繰り返していた。準備運動と基本練習で、すでに全身、汗びっしょり。今野さんは道場の一角で、その様子を静かに見守っていた。

 攻撃と受けを一連の流れとして組み合わせた「型」の練習に移る。今まで取材で見てきた型と違い、実にシンプル。拳は最短距離で突き出され、派手な跳躍などは皆無だ。むしろ、体重を乗せ、しなりを利かせた一撃に底知れぬ威力を感じた。

 今野さんは弟子の打つ型を直すことはほとんどない。「できるまで待つ。できたら次の型を教える。これは昔の沖縄の教え方なのです」。弟子から目をそらすことなく、そう語った。

五輪に巻き込まれる恐怖

 <今野さんに沖縄空手に寄せる思いを聞いた。>

 空手が東京オリンピックの追加種目となりました。でも私は、あまりいいことではないと思っています。空手全体の中で、競技空手はごく一部だからです。

 端的に言うと、我々が鍛錬している「型」と、競技空手の「型(形)」は、まったくの別物です。オリンピックで空手の競技を行うと、我々の空手は本当の空手ではないということにされかねません。オリンピックの影響力を非常に恐れています。

 <今野さんは高校卒業後に上京し、1年間の予備校生活を経て、大学の空手サークルで空手人生の第一歩を踏み出した。卒業後も別の流派で活動を続けたが、30代半ばで空手人生の転機が訪れる。>

 ある時、沖縄に伝わる伝統的な型をビデオで目撃したのです。ものすごいショックを受けました。もとはこんなにシンプルで、なおかつ、独特の力感があったのだと。やはり、武道というものは、西洋にない、独特の身体文化なのだと気づきました。

 まず、型を変えないといけないと思いました。私が習った型は、沖縄の型と名前は同じですが、ずいぶん派手になっているし、なぜそう動くのか意図が分からなくなってしまったところがありました。見栄えはするのですが、実戦で役に立たない、そういう意味です。

 競技人口が増えるとか、試合に勝つ楽しさを与えるとか、競技化にはたくさんのメリットがありました。でも、それ以上に失われたものが大きかったと思います。失われたものとは何かというと、やはり空手の本質だと思います。力の使い方とか、間合いとか、そういうものがすごい勢いで変質し、失われていきました。

「絶対に試合をしない」

 <今野さんはビデオを何度も見て沖縄空手の型を研究した。沖縄を訪れては、古書店で古い教本や文献を買い求めた。>

 沖縄に行かなければ分からないと思いました。沖縄県知念村(現・南城市)に、あのビデオで演武していた少林寺流の宗家、仲里なかざと常延じょうえん先生(故人)を訪ねました。お電話をしてから伺いましたが、それは緊張しました。

 今でこそ、沖縄のいろいろな先生が懇意にしてくださいますが、内地からわけの分からないヤツが来たと、当時は思われたでしょう。それでも、小説家として会っていただけることになり、それまでにマスターした型をすべて見ていただき、直された型をもって1999年に独立しました。

 今野塾を立ち上げた時、「絶対に試合をしない」と心に決めました。実戦を想定して組み合う稽古はやります。でも、勝敗を決めるものではありません。試合中にけがをしないためのルールを作ると、ある部分が切り捨てられることになります。そうやって残った空手が今の競技空手ということです。

文化とはバリエーション

 <本場沖縄でも空手の変化を止めることは簡単なことではない。>

 20年くらい前から、沖縄でも雰囲気が変わってきました。今の小中学生が道場で教えてもらっているのは競技空手です。時間帯が変わって、大人たちと入れ替わると、昔ながらの稽古が始まるという感じです。つまり、沖縄で競技空手の逆輸入が始まったのです。

 競技化することによって失われたのは、文化だと思っています。文化というのは、バリエーション(多様性)です。競技空手だけが空手ではありません。伝統空手を守ろう、守ろうと言っているのですが、沖縄の空手界がグラグラしている中で、さて、どうしたらいいのでしょう。妙案はありません。黙って、オリンピックが通り過ぎるのを待つしかないのでは、とさえ思っています。

 <一つの答えが「今野塾」であることは間違いない。今野さんは毎週水曜夜の1時間半、黒帯姿で弟子に稽古をつける。大阪、広島、ロシアなどに支部があり、弟子は約100人に上る。来年10月には、塾創設20周年の節目を迎える。>

 空手の競技人口がここまで増えると、今さら試合はやめろとは言えません。あれはあれでいいのだという思いもあるのです。忘れてほしくないのは、空手をスポーツにするために切り捨てられた部分こそ、大切にすべきだということです。

 でも、60歳を過ぎて、だんだんしんどくなってきました。弟子は休めるけれど、先生は稽古を休めませんから。それでも続けなければなりません。伝統空手のためなら、広告塔として何でもやろうと思っています。

新刊情報
「任侠浴場」(中央公論新社)2018年7月発売。累計45万部突破「任侠」シリーズ第4弾。定価本体価格1500円(税別)
空手道 今野塾
http://www.age.ne.jp/x/b-konno/karate.htm