南相馬市

 市の海岸沿いにあった約1万本の松のうち、津波にのまれながらも枯れずに一本だけ残った松が「かしまの一本松」と呼ばれるようになった。地域の希望のシンボルとして残そうと、地元住民が守る会を結成。追肥や土壌改良などを施している。

 震災による死者数は、県内自治体最多の1100人超。市は福島第一原発事故の影響も受けており、事故後、立ち入りが禁止されている地域もある。

タイムラプス

「震災5年-時の証し-」(いわき市)安全性 訴え続ける

原発事故で打撃を受けた沿岸漁業。いわき市など福島県南部沖では試験操業を2013年10月に始めた。昨年4月以降、漁獲対象魚種から国の規制値を超える放射性セシウムは検出されていない。魚種も72種に増え、水揚げ量は少しずつ回復しているが、風評被害や韓国による日本産水産物の輸入規制などの影響もあり、市場に本来のにぎやかさはない。「安全性を地道に訴えていくしかない」。市場職員の中野聡さん(40)は力を込めた(※音声はありません)=東京本社写真部 川崎公太撮影 2016年3月3日公開

「震災5年-時の証し-」(飯館村)汚染土の黒い山

雲間から差し込む光を遮るように積み上がった真っ黒な袋。福島県飯館村比曽地区の農地は今、除染で出た汚染土入りの袋を置く「仮仮置き場」になっている。国によると、村内にある袋は87か所で計約154万個。人が戻れる土地にするための除染で生まれる袋が村民の心に重くのしかかっている(音声はありません)=東京本社写真部 上甲鉄撮影 2016年3月7日公開

「震災5年-時の証し-」(富岡町)止まった時計

福島県富岡町で地震直後に止まった美容院の時計や津波到来時刻を示したままの体育館の時計。「ふくしま震災遺産保全プロジェクト実行委員会」が2015年から調査・収集した震災遺産が福島県立博物館の特集展「震災遺産を考える―ガレキから我歴へ」で展示されている。3月21日まで、入場無料(音声はありません)=東京本社写真部 加藤学撮影 2016年3月10日公開
データ
福島県南相馬市
震災前後の人口の変化(国勢調査から)
2010年70,878人
2015年速報値57,733人
被害状況(市、県まとめ)
死者数525人
不明者数111人
住家被害(半壊以上)5,461棟
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震災5年 福島の宿 笑顔の再出発

2016年2月1日掲載

「5年ぶりに調理場に立てる幸せを感じている」と笑顔の友子さん(2016年1月23日)

営業再開の準備が整った双葉屋旅館の大広間で行われたボランティア同士の結婚披露宴。女将の小林友子さん(前列左から2人目)と夫の岳紀さん(同5人目)は、プレゼントされた玄関マットを手に、新郎新婦を挟んで記念写真に納まった(2015年12月19日)

 しんと静まりかえった福島県南相馬市のJR常磐線・小高駅。昨年12月、震災以降、電車が到着することのないこの駅前にある老舗「双葉屋旅館」から久しぶりに笑い声があふれた。

 真新しい大広間で行われたのは、ここで知り合ったボランティア同士の結婚披露宴。大勢の仲間に祝福される新郎新婦の姿に目を細めるのは4代目女将(おかみ)の小林友子さん(63)と夫の岳紀さん(67)。披露宴の途中、思いがけず「おかえりなさい」の文字が入った玄関マットをプレゼントされると、「旅館を再開できるのは、みんなのおかげ」と涙を流した。

 5年前のあの日、強烈な揺れで旅館は半壊。津波は海岸から約2キロ離れたこの駅前にも押し寄せた。追い打ちをかけるように東京電力福島第一原発事故が発生。生まれ故郷を後にせざるを得なかった。

 各地を転々としたが、2012年2月、約15キロ北の同市原町区の仮設住宅に入居することができた。4月には同駅周辺が避難指示解除準備区域となり一時帰宅が認められるようになった。久しぶりに見る旅館の荒れ果てた様子に廃業が頭をよぎったが、「町を復興するには拠点が必要だ」と再建を決意した。毎日1時間かけて通い、こつこつ片づけを始めた。水道がなかなか復旧せず本格的な修理を始めるには更に1年以上が必要だった。

 人通りが途絶えた駅前には「少しでも彩りを」と季節の花を植え始めた。そんな女将さんの姿に、自然とボランティアらが声をかけ、修理も手伝ってくれるようになった。殺風景な街に徐々に人が集まり、少しずつ活気が戻り始めた。新しい旅館は昨年夏、完成した。

 営業再開は今年の元日。帰還準備を進める住民が宿泊出来るように市が借り上げた。「今はまだ助走期間。みんなが帰ってきたときに一息つける場所にしたいね」と女将さん。春には周辺の避難指示が解除され、JR常磐線も原ノ町から小高駅までの運行を再開する見通しだ。(写真と文 青山謙太郎)

明かりがともった双葉屋旅館(右手前)。奥は春の運行再開が待たれるJR小高駅(2016年1月23日)

利用客のいない駅前のロータリーに、スイートピーやポピーを植えた友子さん。花の周りには自然と人が集まってきた(2013年6月10日)

浪江―小高駅 常磐線復旧工事始まる 2017年春開通目指す

2016年1月7日掲載

 JR東日本は6日、東日本大震災と東京電力福島第一原発事故の影響で不通になっている常磐線の浪江(浪江町)―小高(南相馬市)駅間(約8・9キロ)の復旧工事を始めた。工事期間は約1年間で、浪江町が帰還目標とする2017年3月に合わせ、同年春の開通を目指す。

 この日は、同町川添の請戸川に架かる鉄橋「室原川橋梁(むろはらがわきょうりょう)」(約108メートル)の復旧に向けた準備作業が報道陣に公開され、作業員20人が線路の測量や草刈りをした。コンクリート製橋脚の一つは地震によって上部が下流側に約40センチずれた。今後載せ直した上、外側からコンクリートで補強する。

 この区間は大半が避難指示解除準備区域で一部が居住制限区域。JR水戸支社によると、今後は崩れやすくなった線路の敷石交換や浪江駅のプラットホーム修繕などを進めるという。

 国は残された常磐線の不通区間について、竜田(楢葉町)―富岡(富岡町)駅間は18年春までの開通を目指す方針だが、富岡―浪江駅間は復旧の目標が示されていない。

復旧工事に向けて室原川橋梁で測量する作業員。線路は東日本大震災でゆがんだ部分もある

「かしまの一本松」発芽 地元住民ら「命つながる」

2015年5月9日掲載

 東日本大震災の津波に耐えて防風林で1本だけ残った南相馬市鹿島区の「かしまの一本松」から採取した種子が発芽した。一本松は立ち枯れの危機に直面しているため、地元住民らは保護活動と同時に遺伝子を残す方法を模索しており、「命をつなぐことができる」と喜んだ。順調なら3年程度で約30センチの苗木に育ち、植樹が可能になるという。

 住民らでつくる「一本松を守る会」は昨年11月、一本松の種子を発芽させようと、根元に落ちていた松ぼっくりを森林総合研究所林木育種センター(茨城県日立市)に送った。しかし、松ぼっくりは古く、種子の中身がないものが大半で、発芽は厳しいとの見方があった。同センターは2月、取り出した種子約200粒を温室で育てたところ、4月初旬に3粒が発芽した。現在、新芽は3センチほどに育っているという。

 同センターは同時に、緑の葉が残る一本松の枝を使って約40本の「接ぎ木」も行ったが、木の力が弱く育たなかったという。

 守る会の五賀和雄会長(74)は「不安だったが、無事に芽が出てほっとしている。もし一本松が枯れても、新しい命を地域の復興のシンボルとして育てたい」と話した。