宮古市

 宮古市では、2重の防潮堤に守られ「津波防災の街」と知られた田老地区などで大きな被害が出た。防潮堤を超えた津波により、下部が鉄骨の骨組みだけとなった「たろう観光ホテル」は、市が震災遺構として保存、公開することになった。同地区には、新しい野球場が2016年春にオープンし、三陸鉄道職員や地元住民が参加する草野球チームが本拠地とし、「日本一を目指す」という。

データ
岩手県宮古市
震災前後の人口の変化(国勢調査から)
2010年59,430人
2015年速報値56,569人
被害状況(市、県まとめ)
死者数423人
不明者数94人
住家被害(半壊以上)4,098棟
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田老メガソーラー稼働 「災害危険区域」有効活用

2015年10月15日掲載

田老地区で本格的な発電を始めるメガソーラー

 東日本大震災の津波で被害を受けた宮古市田老地区で15日、大規模太陽光発電所(メガソーラー)が本格的に稼働を始める。津波に再び襲われる危険がある「災害危険区域」の土地を有効活用した。災害時の自立的な電力供給体制を構築する狙いもある。(高橋学)

 本格稼働を始めるのは、田老地区の3・4ヘクタールに設置された太陽光パネル9282枚。9月から赤前地区の2・5ヘクタールでも6300枚が本格稼働している。2か所の発電能力は計4メガ・ワット。年間発電量は一般家庭約800世帯分に相当する。

 市は震災時、停電で災害復旧に支障をきたしたため、災害に備えた電力供給体制づくりを復興計画で決めた。2013年7月、民間企業や市など20者で市スマートコミュニティ推進協議会を設立。日本国土開発(東京都)など3社が出資する「宮古発電合同会社」が太陽光発電を行い、地域全体でエネルギーの効率的利用を目指すことにした。電力小売りが全面自由化される16年4月以降は、一般家庭に電力を供給する。

 2地区はともに震災の津波で浸水し、居住を制限されている災害危険区域だ。日照条件が良く、広大な面積を確保できるため、市は土地活用策としてメガソーラーの建設を決めた。

 2地区は、被災者を高台などに集団移転させる「防災集団移転促進事業(防集)」で市が買い取った市有地(田老0・58ヘクタール、赤前0・76ヘクタール)と、事業所や畑として使われていた民有地(田老2・8ヘクタール、赤前1・73ヘクタール)が混在していた。このため、市は地権者計34人と交渉。合同会社が土地を借りる形で建設が可能になった。防集を巡っては、虫食い状態となった跡地の活用策が各地で課題となっている。

 災害危険区域では、メガソーラーの建設が相次ぐ。宮城県岩沼市では、塩害や地盤沈下で復旧が困難になった農地や防集の跡地で発電を開始。福島県南相馬市でも、16年以降に複数の発電所が建設される予定だ。

 東北大の増田聡教授(都市・地域計画)は「災害危険区域の土地利用策を見いだせない自治体は多い。民間の協力で、土地の新たな価値を生み出す点で有効な策だ」と評価している。

田老 高台で新たな一歩 造成ほぼ完了 まちびらき式「これからが本番」

2015年1月23日掲載

 東日本大震災で甚大な被害を受けた宮古市田老地区で22日、「田老まちびらき記念式」が開かれた。被災住民が移り住む高台の造成工事がほぼ完了したことなどを記念したもので、行政関係者や被災住民ら約300人が出席。街づくりへの思いを新たにした。(高橋学)

 式典の冒頭、震災の犠牲者に対して黙とうがささげられた。山本正徳市長は「今なお仮設住宅で不自由な生活を送る方は多く、復興は道半ばだ。立ち止まっている余裕はない。宮古市に住むことを誇りに思える街をつくっていこう」と呼びかけた。

 その後、田老第一中3年の西川竜斗君(15)が作文を読み上げた。街づくりで自分たちが行う取り組みを表したもので、「住民全員の防災意識を高め、津波のことを忘れずに後世へと語り継いでいく」と誓った。

 また、式典後、県内を訪問した高木復興相は、「このまちびらきが契機となり、高台移転や住宅の復旧に更なる弾みがつくことを願う」と祝辞を述べた。

 地区内の仮設商店街「たろちゃんハウス」で、手作りの小物入れなどを製作販売する団体「ゆいとり工房」代表の大棒レオ子さん(68)は「ようやくスタートラインに立った。コミュニティーの形成など課題は多く、これからが本番。店を続けながら積極的に街づくりに関わっていきたい」と話していた。

 山を切り崩して造成された高台の団地には、宅地161区画が整備され、10月から住宅が建てられるようになった。市都市計画課によると、すでに一部で着工している。今月から災害公営住宅への入居も始まり、自立再建と合わせて約230世帯が住む見通しだ。

 田老地区は、明治三陸地震と昭和三陸地震の津波で甚大な被害を受け、「津波太郎」の異名を持つ。1978年度に完成した防潮堤は、海側と陸側の二重構造で建設された。高さ10メートル、総延長2・4キロと巨大な構造で、「万里の長城」と呼ばれていた。

しかし、東日本大震災では津波が二つの防潮堤を乗り越え、181人の死者・行方不明者が出た。

将来を担う地元の中学生の誓いに来場者約300人が耳を傾けた

山田線 閉伊川橋梁の復旧開始 2016年9月末完了見通し

2015年11月14日掲載

震災の津波で橋桁の半分以上が流失した閉伊川橋梁

 東日本大震災で不通となり、三陸鉄道への移管が決まったJR山田線宮古―釜石駅間にある閉伊川橋梁(きょうりょう)の復旧工事が13日、本格的に始まった。被災した橋の復旧は2016年9月末に完了する見通し。

 橋(総延長245メートル)は宮古市を流れる閉伊川にかかり、JR宮古駅と磯鶏駅をつなぐ区間にある。震災の津波で、橋桁11基のうち宮古駅側の6基(140メートル分)が流失した。震災後は5基(105メートル分)が橋脚に支えられた状態で残されている。

 JR東日本東北工事事務所によると、工事を進めるための作業場の設置は5月から始まった。今後は市内の住宅街に重機が通行するようになる。12月から、残った橋桁や橋脚の補修に取りかかる。新しい橋桁を架ける作業は16年4月から始まる予定だ。

 13日は近くで安全祈願祭が開かれ、工事関係者ら約20人が出席。地元の青猿神社の宮司が祝詞を読み上げ、無事故を願った。

 祈願祭の後、東北工事事務所の松沢智之復興推進担当課長は「18年度の全線一括開業に向けて、県、関係市町村、三陸鉄道と一丸となって工事を進めていく」と決意を語った。

岩隈GM 三鉄野球チーム 復興支援に全力投球

2014年11月7日掲載

 被災地を野球で元気に――。東日本大震災で被害を受け、4月に約3年ぶりに全線再開した第3セクター・三陸鉄道は6日、沿線住民や三鉄社員からなる野球チームを結成すると発表した。米大リーグ・マリナーズの岩隈久志投手(33)をゼネラルマネジャー(GM)に招き、草野球日本一を目指す。

 東京都内で同日開かれた記者会見には、岩隈投手のほか、球団オーナーとなる望月正彦・三鉄社長、監督を務める山本正徳・宮古市長らが出席。チーム名を「三陸鉄道キットDreams(ドリームス)」と発表した。

 震災当時、楽天に所属し、メジャー移籍後も被災地支援を続けてきた岩隈投手は「野球を通じて復興支援をしたい。全力プレーでみなさんに感動を与えたい」と抱負を語った。

 三鉄は今年1月、全線再開後に地元密着型の草野球チームを結成することを思いつき、被災地支援を続けている「ネスレ日本」の協力を得て、6月頃から選手を集め始めたという。

 選手は、宮古や久慈市など北リアス線沿線住民のほか、三鉄の運転士の林郷哲巳さん(34)ら計29人。キャプテンは宮古市職員の中村尚道さん(36)が務める。

 また、球団のマスコットには、岩手の短角牛をイメージさせることから、漫画家「ゆでたまご」の作品キン肉マンに登場するバッファローマンが提供された。2016年春に再建が予定されている田老野球場を本拠地とする。初練習は、今月8日に久慈市内で行う。

 今後は、独自に全国的な草野球大会を開くことを計画している。12月から参加チームを募集し、15年3月に地区大会、5月に都内で決勝戦を行う予定。

記者会見に臨むメンバーら(左から3人目が岩隈投手)