名取市

 津波が運んだがれきや塩害により、東北有数の産地として知られるカーネーション栽培や、稲作などに大きな被害が出た。市内の仙台空港は津波のため使用不能となり、4月13日の旅客機の運航再開までは、米軍や自衛隊機による物資輸送に限られていた。閖上(ゆりあげ)地区では、高台がなく、海から1キロ程度までの木造住宅はほとんどが流出するなど、甚大な被害が出た。

データ
宮城県名取市
震災前後の人口の変化(国勢調査から)
2010年73,134人
2015年速報値76,719人
被害状況(市、県まとめ)
死者数884人
不明者数40人
住家被害(半壊以上)3,930棟
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名取市閖上 朝市拠点に街盛り上げ

2016年1月15日掲載

 「明けましておめでとう」「はい、おまけ。お年賀だから」。東日本大震災で被災し、かさ上げ工事が進む名取市閖上地区で10、11日、「ゆりあげ港朝市」の初売りが開かれた。2日間で約1万1000人が訪れた。

 毎週日曜、祝日に開かれる朝市は、2013年5月に港に戻ってから3回目の新年。「こんなに続いたのは皆さんの支援のおかげ。復興するだけじゃなく、新しい一歩を踏み出したい」。朝市協同組合代表理事の桜井広行さん(61)は、10日の祈願祭であいさつした。

 30年以上の歴史を誇る朝市は、津波で全51店舗が流され、店主4人が犠牲になった。震災直後、避難所でおにぎり1個を分け合う、なじみの客の姿を見た桜井さんが組合員に呼びかけ、半月後には内陸部のショッピングセンターの駐車場で朝市を再開させた。

 最初は「1回限り」のつもりだったが、古くからの組合員が桜井さんの背中を押した。1990年から朝市に出店する鮮魚店「ウロコ水産」の近藤りよ子さんは姉を亡くし、自宅も流されたが、震災数日後に電話で桜井さんに「絶対負けない。朝市行くから、やめないでね!」と呼びかけた。

 朝市が再開しても、並べる商品はなく、客に会うために組合員の店を手伝った。今も南三陸町の仮設住宅から毎週通う。「露天の朝市は雨風が吹きつけるし、接客も荒っぽいのに、お客さんは来てくれる。人が人を呼ぶ不思議な力がある」と近藤さんは語る。

 軒を連ねる47店のうち、17店は震災後に入った店だ。自家焙煎(ばいせん)コーヒーを売る「ROAST STAGE」の斎藤秀行さん(40)は気仙沼市出身で、最初は「閖上」の地名も知らなかった。「多種多様な店が入ることで、品物だけでなく、人柄や人間関係でいろんな色が出るのが朝市の魅力。ここを拠点に閖上を盛り上げたい」と話す。

 店主の高齢化が進む中、新しい店を入れることで、朝市を発展させようというのが桜井さんの狙いだ。「あんなに助けられたのに、簡単に潰れちゃったら格好悪いっていう田舎者の見栄(みえ)だね。目標は60店舗」。少しずつ姿を変えながら、朝市は続く。(田辺里咲)

祈願祭でミカンをまく桜井さん(左)(10日、名取市閖上で)

名取・国重文「洞口家住宅」 蔵3棟の修復祝う

2015年10月19日掲載

 名取市大曲にある国の重要文化財「洞口家住宅」で18日、東日本大震災で土壁が崩落するなどの被害が出た蔵3棟の修復工事が終わり、一般公開が行われた。

 洞口家は旧伊達家領内を代表する農家で、18世紀後半に建てられた母屋などが1971年に国の重要文化財に指定された。修復された米蔵、味噌(みそ)蔵、座敷蔵の計3棟は大正時代以降に建てられたが、伝統的な豪農の屋敷構えを構成する要素として、2012年に追加指定されている。

 この日は、修復工事の完了を祝い、母屋で和太鼓などの演奏会も開かれた。管理する洞口とも子さん(66)は「『生きた建物』として、演奏会やイベントなどで活用してほしい」と話していた。

修復された蔵を見る市民ら(名取市で)

所有者不明墓地 復興妨げに 名取・閖上 区画整理 遅れる恐れ

2015年2月6日掲載

所有者不明の墓がある墓地には立て札が設置されている(名取市閖上で)

 名取市閖上地区で行われている土地区画整理事業の区域内で、墓石の所有者が不明だったり、地権者と連絡が取れなかったりする墓地が見つかり、復興を阻んでいる。通常の宅地や農地であれば、連絡が取れなくても公告から10日で事業を進められるが、墓地は、墓地埋葬法により1年待つ必要があるためだ。事業主体の名取市は「このままでは局地的に復興が遅れる。事情を知る人は連絡を」と求めている。

 閖上地区にぽつんと残された168平方メートルの墓地。墓石43基のうち、38基の所有者が不明だ。一帯は津波に襲われ、市は56・8ヘクタールをかさ上げするなどした上で、2017年度末までに道路や宅地を整備する土地区画整理事業を行っている。かさ上げ工事は昨年10月に始まったが、道路などにする予定の墓地周辺は手つかずのままだ。

 土地区画整理事業の予定地で地権者と連絡が取れない土地が見つかった場合、自治体はその旨を公告する。土地区画整理法に基づき、掲載から10日が経過すれば事業を進められる。しかし墓地を移転させる場合は、墓地埋葬法の施行規則により公告から1年待たなければならない。墓石や遺骨はその後、他の墓地に移されることになる。

 市は事前調査の段階で、所有者不明の墓石がある墓地2か所と、登記簿の地目が墓地で、地権者と連絡の取れない土地6か所を見つけた。総面積は約1700平方メートルになる。市は昨年11月までに、敷地内に「権利を有する方は1年以内にお申し出ください」と書いた立て札を設置するとともに、近隣住民らから地権者に関する聞き取りを進めた。このうち1か所では親族と連絡が取れたという。

 厚生労働省によると、戦後間もなく出された自治体への通達文書により、墓地の所有は原則として地方公共団体や宗教法人に限られている。連絡が取れない墓地の地権者はいずれも個人で、登記簿の所有者欄に「長右ェ門」などの名前が記載されていることから、墓地は戦前に造られたと推測されている。官報によると、同様の墓地は岩手、福島両県の被災地でも計3か所見つかっている。