新幹線の半世紀

あの時の味 食堂車

 新幹線の「食堂車」と聞いて、懐かしいと思う人はどれぐらいいるだろう。16両編成の8両目に連結されていたが、2000年3月のダイヤ改正ですべて姿を消した。
 皮肉なことに、廃止の理由は、利用客が増えたためだ。座席数を増やす必要があり、食堂車は客車に置き換えられていったのだ。

大盛況の食堂車では、笑顔で食事を楽しむ乗客であふれた

 「走るレストラン」が導入されたのは開業から11年後、1975年のことだ。「富士山を見ながら食事ができます」がうたい文句。ぜいたくさが自慢だった。
 80年代に入ると、食堂車は2階建て車両に。バブル経済の追い風を受け、当時、飛ぶように売れたのが、最も高かった「サーロインステーキ定食」(2100円)だった。
 バブル崩壊後、高速化の要求も高まり、食堂車でゆっくり食事がしたいという需要も減少。食堂車を連結した「ひかり」は、「のぞみ」の通過待ちで途中停車することも多くなった。
調理場では、かつては30人分のご飯が一気に炊ける業務用炊飯器がフル回転。バブルの頃は運行中に10回以上炊くこともしばしばだったが、1993年頃になると1回で済むように。窓に飾られていた一輪挿しも、経費削減のためか、造花に置き換えられていった。

 食堂車が廃止され、車内から自動販売機も消えてしまったいま、車内の「食」を支えるのは、ワゴン販売だ。担当するのは、「パーサー」と呼ばれる接客のプロ。グリーン車では切符の確認もする
 弁当、お菓子、ビールなどを乗せたワゴン車の重量は60キロ以上。グリーン車ではじゅうたんに車輪が埋まり、前に進むのもひと苦労だ。パーサーを17年間務めた東純子さん(37)は、「私たちが一番大切にしているのはおもてなしの心です」と語った。

「途中下車してでも食べたい」と人気の名物、きしめん(JR名古屋駅新幹線ホームで)(仮・「東海道車窓から」より流用)

◎駅弁、駅ナカ

 新幹線での食事は様変わりし、地元の名物を使った駅弁を購入したり、駅構内の商業施設「駅ナカ」で食事したりというスタイルが定着した。
 東海道新幹線にまつわる食事で変わり種は名古屋名物の「きしめん」。新幹線ホームにある4店は、昼食時になると地元のビジネスマンらが列をつくる人気。このため、同駅には全国のJR駅で唯一とされる入場券(140円)の専用券売機が用意されている。

ページ一番上の写真:食堂車の調理場は多忙を極め、コックたちは休む間もないほどだった

※調理場と客車の写真は宇都宮照信さん提供
※タイトルイメージに使用の新幹線車両写真はJR東海提供

今回取り上げた新幹線写真の一部は、「よみうり報知写真館」で購入できます
 
協力
公益財団法人 鉄道総合技術研究所  JR東海  JR西日本  久保敏さん  かけやまさん(新幹線側面写真提供)
 
製作
[編集] 東京本社社会部・編成部・校閲部 大阪本社社会部 中部支社社会G 東京本社メディア局企画開発部・川嶋路大 武田潤 同編集部・田口栄一
[デザイン] 東京本社メディア局企画開発部・雨宮健雄 藤垣円 荒木田美咲  [イラストレーション] 荒木田美咲  [フロントエンド開発] 雨宮健雄 西川一格
[写真] 東京本社写真部 中部支社写真G 大阪本社写真部  [動画] 蓑輪潤 西山修平
YOMIURI ONLINE 読売プレミアム
Copyright (C) The Yomiuri Shimbun.