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天然の生け簀 富山湾がはぐくむ味 <富山>

 最高のすしネタを、ぶ厚く切って握る。半世紀以上続く老舗すし屋「えび寿司」の2代目、高橋進さん(66)が握ると、カウンターの客は「ネタがでかいね」と目を見張り、自然と笑顔になる。大きなネタは、一般的な刺し身の倍以上の厚さがある。

 「富山の人は、新鮮な魚を食べ慣れているから、普通にやっていたら喜んでもらえない。家庭の食卓もライバルだ」。京都市出身。県外出身だからこそ気が付く富山の良さを生かし、独自の工夫を重ねて名店のスタイルを生み出してきた。

自慢のすしを差し出す高橋進さん(富山市豊川町で)

 カウンターの奥に象徴的な光景がある。厚さ1ミリにも満たない杉の板が、何枚も重ねて置かれている。

 「富山の魚は鮮度がいいから」と油断して、においの強いマグロの赤身と同じまな板でさばくと、磯の香りを残すイカやヒラメ、カワハギなどの白身の風味が損なわれてしまう。

 多くのすし店が神経を使って様々な対策を取るなか、高橋さんは、マグロの注文が入る度に、まな板の上に杉の板を1枚ずつ敷いてから、さばき始める。杉板は1回ごとに使い捨てるため、1日に100枚ほど使用している。約30年前に考案した独自の技だ。

 こうした細やかな心遣いから生まれる味が評判となり、富山を訪れた多くの著名人が立ち寄る名店として知られるようになった。

 えび寿司は、1962年創業。明治時代に創業し、長年富山の料理界の最高峰にあった料亭「海老亭」で料理長を務めた叔父が、のれん分けされて開店した。「えび」の二文字は、その証しだ。

 高橋さんは中学生の時に胃腸を患い、体重が30キロを切るほど衰弱した。そんな時、「水がいいから来ないか」と叔父に誘われ、京都から富山に移り住んだ。徐々に体調は回復し、やがて店を手伝うようになった。「富山に来なければ、この年まで生きていなかったかもしれない」。感謝の気持ちですしを握ってきた。

 「最高のすしで富山のお客さんを喜ばせたい」

(2015/1/1 富山県版の記事より。年齢・肩書きは、新聞掲載日のものです)

今回取り上げた新幹線写真の一部は、「よみうり報知写真館」で購入できます
[協力] JR東日本・JR西日本(運転席動画提供)
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[デザイン] 東京本社メディア局企画開発部デザインチーム 株式会社ロフト  [イラストレーション] 荒木田美咲  [動画] 蓑輪潤、和多史朗
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