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「四代」襲名 色彩で新風 <石川>

 県在住の九谷焼作家の徳田八十吉さん(53)。2010年に人間国宝だった父の跡を継ぎ、四代徳田八十吉を襲名した。英国の大英博物館に作品が常設展示されるなど、活躍の舞台を海外へ広げている。エキゾチックな色合いは国外にも根強いファンを生み出しつつある。

九谷焼に鮮やかな色を施す徳田さん(小松市金平町の陶房で)

 明治期から続く九谷焼の名門の長女として生まれた。父は独自色のグラデーションを生み出して新たな境地を開拓した三代徳田八十吉。幼い頃から父の背中を見て育ったが、「九谷焼作家になるとは思っていなかった」。普通に結婚し、家庭に入ることが漠然とした将来像だった。

 しかし、20歳代半ばで旅をした米国の美術館で中国・景徳鎮のつぼに出会い、自身のルーツを再確認。1990年に能美市の九谷焼技術研修所を卒業し、作家として歩み始めた。

 転機は2007年頃だった。脳梗塞で入退院を繰り返す父が、初代から受け継いだ釉薬の調合について教え始めた。2009年、日本伝統工芸展に入選。父は病床で「おめでとう、おめでとう、すごいね」と繰り返し、亡くなった。翌年、四代目を襲名し、戸籍名も順子から八十吉に改めた。

2012年の第68回現代美術展(石川県)でエフエム石川社長賞に輝いた「彩釉壺・瑞穂」

 しかし、父亡き陶房では、経営者としての力も求められ、「出品作が落選することもあり、落ち込みました。経営者の資質もなく、職人のみんなに、『辞めようと思う』と伝えたこともあった」と振り返る。

 2011年3月、東日本大震災が発生。世相が暗くなる中、落ち込んだ気分を引きずりながら、陶房の前に広がる田んぼで雨にぬれた稲穂を眺めていた。震災で苦しむ人たちのことを考えると、「悲しいことや苦しいことがあっても、この稲の1粒のように頑張らなければいけないんだ」と不思議と気持ちが前向きになった。改めて作陶に向き合い、目にした稲の実りを表現しようと、深い緑と輝く黄のグラデーションを壺(つぼ)に施した。

(2015/1/3 石川県版の記事より。年齢・肩書きは、新聞掲載日のものです)

今回取り上げた新幹線写真の一部は、「よみうり報知写真館」で購入できます
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