北陸新幹線「なるほど!」

路線~構想から50年で開業

 北陸新幹線の建設は、1965年9月、金沢市で開かれた政府主催の公聴会「一日内閣」で、砺波商工会議所の岩川毅会頭が要望したのが始まりとされる。2年後の67年12月、東海道新幹線のバイパスとなる「北回り新幹線」の建設促進同盟会が結成され、北陸3県が中心になって、建設を求める運動を始めた。

 全国新幹線鉄道整備法に基づき、73年に決定された整備計画では、東京―大阪間を長野、富山、金沢などを経由して結ぶ「北陸新幹線」の名称で建設する方針が決まったが、石油ショックによる建設費高騰、国の行政改革、旧国鉄の赤字問題などの影響が重なり、計画は中断。実際に高崎―軽井沢間の工事が始まったのは89年だった。

 当初は一部区間でレール幅が在来線規格の「スーパー特急方式」の導入も検討されたが、91年、長野市での98年冬季五輪開催が決まり、東京と長野を短時間で結ぶため、新幹線フル規格で軽井沢―長野間が91年9月に着工。97年10月、高崎―長野間が先行開業した際は、一時的に長野止まりという意味で「長野行新幹線」と表示された。

 その後、2000年に長野―富山間、04年に富山―金沢―白山総合車両所(車両基地)間がいずれも新幹線フル規格で整備が決まった。

 構想から50年を経て開業する長野―金沢間228キロの建設には1兆7800億円かかった。国が3分の2、残り3分の1は沿線の長野、新潟、富山、石川各県の負担となる。

(2015/02/24 富山県版の記事より)

今回取り上げた新幹線写真の一部は、「よみうり報知写真館」で購入できます
[協力] JR東日本・JR西日本(運転席動画提供)
[編集] 東京本社・長野支局、新潟支局 北陸支社・富山支局、金沢支局 メディア局企画開発部
[デザイン] 東京本社メディア局企画開発部デザインチーム 株式会社ロフト  [イラストレーション] 荒木田美咲  [動画] 蓑輪潤、和多史朗
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