三木忠直 団子鼻の開発

 新幹線の高速走行を可能にした団子鼻の先頭車両を開発したのは旧海軍で飛行機の機体設計を担当していた三木忠直だ。

 不世出の名機と言われる高速爆撃機「銀河」の設計担当主務を務めた。だが、終戦直前、自らが開発した特攻戦闘機「桜花」によって多くの若い命が海に散ったことを悔い、戦後、自らの技術は平和のみに使う、と誓った。

 設計思想は単純明快。「美しい形をしたものは速い」。250㌔を出すには先頭形状の流線化と軽量化以外に方法はない、と考え、飛行機開発の技術も応用しながら、何度も実験をくり返した。空気抵抗が従来の車両の半分になった時、先端のとがった部分が約5㍍ある、あの団子鼻の「0系」になっていた。

 三木は後に、技術への熱い思いを語っている。「技術は本来的に人を幸せにするものだ。絶対にそうでなくてはならない」