1997.11.16
サッカーW杯に初出場決定

 1993年の「ドーハの悲劇」から4年、サッカーの日本代表が宿願だったワールドカップ(W杯)本大会への出場を決めました。

 もっとも、アジア屈指のディフェンダーと称された井原正巳選手をはじめ、三浦知良、中田英寿、ゴールキーパーの川口能活の各選手らJリーグのスターをそろえたチームの道のりは、平坦(へいたん)ではありませんでした。3月からのアジア1次予選では格下チームに苦戦する場面もあり、9月からの最終予選では、初戦こそホームでウズベキスタンに快勝したものの、その後はアラブ首長国連邦と引き分け、韓国に逆転負けと苦しい展開。アウェーでカザフスタンと引き分けた10月4日、日本サッカー協会は加茂周監督を更迭し、岡田武史ヘッドコーチを監督に就ける「ショック療法」を行いました。その後、韓国に雪辱を果たして最終予選B組の2位を確保した日本は11月16日、A組2位のイランと、アジア第3代表の座を争い、試合終了間際に岡野雅行選手の劇的なゴールでW杯の切符を初めて手にしました。