2001.01.06
中央省庁再編

 大安吉日の1月6日、それまでの1府22省庁体制が1府12省庁体制に再編され、新たな中央省庁体制がスタートしました。

 この時の首相は森喜朗氏でしたが、改革の道筋をつけたのは、橋本竜太郎政権(1996~98年)でした。96年に行政改革会議を設置し、再編に着手した当初は、明治維新、戦後の占領時代に進められた諸改革に続く、「第3の改革」とも称されました。単なる省庁の数減らしではなく、「官僚主導」から「政治主導」への転換を図る狙いがあったからです。官僚組織や族議員の抵抗に遭いながらも、橋本首相は「縦割り行政の弊害排除」や「行政の透明化・自己責任化」などの目標を掲げ、改革を推進しました。

 再編では、首相を補佐し、省庁横断的な課題について総合調整を行うことができる内閣府が新設され、内閣官房の幹部ポストを政治任用とし、首相がリーダーシップを発揮できる環境も整えました。また、各省庁に副大臣、大臣政務官を配置し、政治主導を強める体制をとりました。