2002.05.31
日韓共同開催のサッカーW杯

 アジア初開催となったサッカーのワールドカップ(W杯)は、「複数国による共催」という意味でも、W杯史上初でした。日本が1992年に招致を表明すると、韓国も94年に名乗りをあげて激しく競い合ったため、どちらに決まっても両国関係に悪影響が出ると懸念されました。日本招致国会議員連盟会長の宮沢喜一元首相ら両国関係者の政治決断で共催が決まったのは、96年のことです。

 2002年5月31日の韓国での開会式から6月30日の横浜市での決勝まで、日韓の各地で熱戦が繰り広げられ、日本は稲本潤一選手らの活躍で初のグループリーグ突破を果たしました。ドイツが決勝に進むと、カナダのカナナキスのサミット(主要国首脳会議)からゲアハルト・シュレーダー独首相が、小泉純一郎首相とともに日本の政府専用機で決勝戦の観戦に駆けつけました。優勝国はブラジル。日本がベスト8をかけた戦いで敗れたトルコが3位。大会は大いに盛り上がりましたが、大会後の競技場の活用は、各地域の重い課題となりました。