甲子園大会中止でも皆さんの頑張りが世の中に元気を届けます【隅田川馬石のやわらか噺】

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元球児にして市民ランナーの真打がご機嫌をうかがいます

 落語家の隅田川(すみだがわ)馬石(ばせき)でございます。野球少年から高校球児、そして今は市民ランナーをしており、打って走って守れる(はなし)家です。コロナ問題を乗り越えて立ち上がるスポーツを応援しようというこのコーナー、私らしく軟らかーくおしゃべりしたいと思いますので、肩の力を抜いてお付き合いください。

 まずは、私もお世話になった高校野球からいきましょう。今年はコロナ騒動で甲子園の全国大会が中止になっちゃいました。独自の大会を行う都道府県も多いようですけどね。まあ、何を言っても慰めにならないでしょうが、現役の高校生だけじゃなくて、世間中のみんながガッカリしたという感じですね。

 でもね、高校野球を3年間やめないで続けたことは今の私にも大きな自信になっている。荷は重いかもしれないけれど、若い皆さんが頑張れば世の中の人に元気を与えられます。これからいろんな職業に就くでしょうが、甲子園を中止に追い込んだ感染症に立ち向かうような人材が出るかもしれません。世間は期待しているんですよ。

野球部の伝統とは

 私は兵庫県の中央部にある西脇市で生まれて、中学、高校と野球部でした。中学でセカンド、高校ではサードです。いつも県大会初戦敗退みたいな学校でしたが、最後の学年は新しい監督になって練習試合でも勝つようになりました。うちの野球部には伝統があって、それは何かというと……

 「大事な試合はサードのエラーで負ける」

 ヤな伝統です。監督にも練習中から「お前のエラーで負ける!」って言われ続けていた。

 で、いざ本番の夏の県大会。強豪相手にやっぱり硬くなって、サードゴロをさばこうとしてはじいちゃった。でも、ポーンとはねたボールをすぐに捕って一塁に投げたらアウトになった。曲芸みたいでね。監督としては「何やってんだ!」ですが、試合を見ていた親せきに「うまいねえ!」ってほめられちゃった。初戦で善戦むなしく負けましたが、エラーをしなかったことは誇りです。

 兵庫県大会はくじ運が良いと、甲子園で試合ができるんです。私の2つ上の代が、見事に当たりを引き当てて2回戦だったか、私もシートノックの球拾いやなんかで甲子園の土を踏みました。でも、土は持って帰りませんでした。(本大会に)出場してないのに申し訳ないと思ってね。だから今回、全国の3年生野球部員に、甲子園の土が入ったキーホルダーがプレゼントされるというニュースを聞いて、素晴らしいと思いました。しかも阪神の監督さんや選手も直接グラウンドで集めてくれるとか、これは一生の宝物ですね。春のセンバツに出る予定だった学校を8月に甲子園に招待して交流試合をすることも決まりましたねえ。なかなか粋なはからいじゃないですか。明るい知らせに浮き浮きします。

外野で猛練習?

 一つ下の学年に、控えのキャッチャーでM君というのがいました。面白いヤツで、練習試合で途中から出ることになった。監督から「Mっ、外野でスローイングの練習しとけ」って言われて、「ハイ!」って外野にタッタッタッって走ってったら「サーッ」「サーッ」って音が聞こえる。「何やってんだ?」。スローイングとスライディングを間違えてたんです。外野で一人でスライディングの練習をしてた。この話、高座でしゃべるとウケるんです。

鈴本~甲子園~鈴本

 母校は7年前に一度、夏の甲子園に出ました。O君といういいピッチャーがいて、どっかで聞いた名字だと思ったら、私が1年の時の3年生のキャプテンのセガレさんでした。初戦の相手は谷繁(元信=元中日監督)さんの出身校で、応援に行きたかったけれど鈴本(演芸場)の高座があったので、楽屋でテレビを見てた。みごとに勝ちましてね。その日の高座でしゃべっちゃった。

 で、次戦は第2試合だったので、朝イチの新幹線で行って、スタンドで応援して、東京にとんぼ返りして鈴本の夜の高座に上がりました。試合は惜敗で、サードがもうちょっと考えてれば、って惜しまれる守備の判断が失点につながった。エラーではなかったけれど、やっぱり伝統は守られているなって。いや、ここはシャレですよ。後輩たちが頑張って甲子園で1勝したんです。うれしかったなあ。

 そろそろお時間です。次回もお付き合いのほどをよろしくお願いいたします。しばらく閉まっていた私たちのホームグラウンド、都内の寄席も徐々に再開し始めていますので、そちらにも足を運んでいただければ、ありがたいです。

プロフィル
隅田川 馬石( すみだがわ・ばせき
 1969年兵庫県生まれ。石坂浩二さんの主宰劇団に所属した後、93年10月に五街道雲助に入門して前座名「わたし」。97年9月にニツ目昇進で「佐助」。2007年3月に真打ちに昇進して四代目「隅田川馬石」を襲名。ゆったりと軟らかな語り口で滑稽噺(こっけいばなし)から師匠譲りの芝居噺、人情噺も手掛ける古典落語の名手。高校時代は野球部で9番・サード。趣味のマラソンではフルで4時間を切る「サブフォー」の実力者でもある。高座名は、馬をつなぎとめるのに使われたと言い伝えられる隅田川沿いの駒止石(こまどめいし)に由来する。十代目金原亭馬生を大師匠に持ち、落語界では「馬派」とも呼ばれる。

受賞歴
1999年 北とぴあ若手落語家競演会奨励賞
2007年 第12回林家彦六賞
2012年 文化庁芸術祭大衆芸能部門新人賞
無断転載・複製を禁じます
1278487 0 馬石のやわらか噺 2020/06/16 07:00:00 2020/06/17 12:14:21 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/06/20200615-OYT8I50014-T.jpg?type=thumbnail

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