こんな時代ですが、秋を楽しみたい【隅田川馬石のやわらか噺】

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元球児にして市民ランナーの真打ちがご機嫌をうかがいます

 落語家の隅田川馬石でございます。野球少年から高校球児、そして今は市民ランナーをしており、打って走って守れる(はなし)家です。コロナ問題を乗り越えて立ち上がるスポーツを応援しようというこのコーナー、私らしく軟らかーくおしゃべりしたいと思いますので、肩の力を抜いてお付き合いください。

 10月は、スポーツの秋です。われわれが子供のころは10月10日は「体育の日」と決まっていたもんですが、今年からは「スポーツの日」と名前が変わったんだそうで。しかも、オリンピックの開会式があるはずだった7月24日に祝日を移動させたら、そのオリンピックが延期になって、「スポーツの日」はそのまま7月になりました。だから今年の10月は祝日のない月なんですね。

運動会、楽しかったなあ

(写真はイメージです)
(写真はイメージです)

 秋といえば運動会のシーズンですが、最近は春開催の方が多いという調査もあるようです。今年はコロナ禍でどこの学校も春はできなかったでしょうから、秋に集中しているようですね。私の通っていた兵庫県の学校も運動会は秋でした。弁当に、秋の味覚の二十世紀梨が入っていたからよく覚えてます。兵庫の隣、鳥取県の特産品ですからね。

 運動会の最初の思い出というと保育園の時のかけっこ。1位でゴールテープを切りましたが、テープを持っていた保護者の人が、なぜか手から放してくれなくて、ぼよーんとなったことを覚えています。小学校の時は、はだしで走ったら、それがものすごく気持ちよかった。好きな種目は組み体操ですね。フォークダンスもありましたね。同級生は女子が少なかったので、後ろの方の背の高い男子は女子役に回るんです。男同士でフォークダンスをするのはイヤでした。

 中学になるとリレーがありました。1年生の時はアンカー。順位が決まるのでとても緊張しました。ところが自分の前の走者が、バトンをもらうときに転んだんです。ダントツのビリで私のところにバトンが来たので、まったくプレッシャーなく走れました。それでも一生懸命走っている「演技」はしましたけど。

思い出す故郷のマラソンコース

 秋にはマラソン大会もありました。距離は6・5キロ。まず、学校の裏山に向かって上り坂を2キロほど走り、坂を下ると加古川にぶつかる。そこから土手を1キロほど走って戻ってくる、風光明媚(めいび)なコースです。10位以内だとメダルがもらえるので、一生懸命走って10位になった。ものすごくうれしかったですね。この裏山は黒田城跡で、大河ドラマで話題となった軍師官兵衛(黒田官兵衛)の生誕の地と言われています。

 マラソン大会といえば、こんなことがありました。落語は体力勝負、と15年ほど前にジョギングを始めました。始めたころ、Tシャツは着古したものがたくさんあり、ジョギングパンツは昔買った水色の海水パンツがある。天高く馬肥ゆる秋、さわやかな荒川土手を走り出すと、中学生男子のマラソン大会に出くわしました。そのころ、私は丸坊主に近い髪型で、白のTシャツと水色の短パンがその子たちと同じスタイルになった。「まずいなあ」と思いながらもムキになって走る。女子生徒の黄色い声援が聞こえてきました。「よし君、頑張って! よし君頑張って!」。こっちを見ている。よし君と間違えている。仕方なく手を振ると、「あれ? よし君じゃない……誰? あのおっさん」。

渾身(こんしん) のなぞかけ

 落語家は下積み期間の二ツ目のころには、結婚式やイベントの司会など、本業以外のいろいろな仕事をします。「親子で稲刈り」という秋のイベントに呼ばれたことがありました。場所が米どころ、茨城県の龍ケ崎。会場に行ったら、親子の体験イベントで、畦道(あぜみち)で着物に着替えて、拡声器を持たされて「応援してください」って言われた。それで、「がんばれ、がんばれ」ってやるんです。横を見たら、鴨がいたので、「こっちにカモがいますよ!」と実況も忘れません。午後は親子で餅つき。また「がんばれ、がんばれ」です。

 最後に公園の広場で「大抽選会」の司会をやりました。ようやく落語家らしい仕事です。張り切って、締めに地元産のお米のPRも兼ねてなぞかけをしました。

 米どころ、龍ケ崎のお米とかけて
 「笑点」でおなじみのスポンサーととく
 (その心は)
 ごはん!と言えば龍ケ崎産

 渾身のなぞかけ。そんなにウケなかった。広場に響く、まばらな拍手。なつかしい秋の思い出です。

 運動会も昔と今で様変わりしてきましたし、コロナのせいで制約があり、やり方も変わっているみたいです。綱引きでは綱を持つ間隔を1メートル以上あけてソーシャルディスタンスを保ったり、競技に参加しない時は教室からオンラインで校庭の様子を観戦しながら応援したり、とか。それも時代を考えるとやむを得ないかなという気がしますが、その中で子供は楽しんでいると思うんです。こういうご時世ですが、あんまり悲観はしていません。

 体を動かすことは気持ちいいし、やっている本人が楽しもうと思えば楽しくなる。綱引きだって、そのうちコロナ対応の新しいルールが正式にできるかもしれませんよね。

 そろそろお時間です。次回もお付き合いのほどをよろしくお願いいたします。

プロフィル
隅田川 馬石( すみだがわ・ばせき
 1969年兵庫県生まれ。石坂浩二さんの主宰劇団に所属した後、93年10月に五街道雲助に入門して前座名「わたし」。97年9月にニツ目昇進で「佐助」。2007年3月に真打ちに昇進して四代目「隅田川馬石」を襲名。ゆったりと軟らかな語り口で滑稽噺(こっけいばなし)から師匠譲りの芝居噺、人情噺も手掛ける古典落語の名手。高校時代は野球部で9番・サード。趣味のマラソンではフルで4時間を切る「サブフォー」の実力者でもある。高座名は、馬をつなぎとめるのに使われたと言い伝えられる隅田川沿いの駒止石(こまどめいし)に由来する。十代目金原亭馬生を大師匠に持ち、落語界では「馬派」とも呼ばれる。

受賞歴
1999年 北とぴあ若手落語家競演会奨励賞
2007年 第12回林家彦六賞
2012年 文化庁芸術祭大衆芸能部門新人賞

※浅草演芸ホール11月上席(1日~10日)の昼の部で主任(トリ)を務めます。

無断転載・複製を禁じます
1543840 0 馬石のやわらか噺 2020/10/15 06:00:00 2020/10/20 17:42:41 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/10/20201020-OYT8I50098-T.jpg?type=thumbnail

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