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駅伝も寄席も「つなぎ」が大事です【隅田川馬石のやわらか噺】

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 落語家の隅田川馬石でございます。野球少年から高校球児、そして今は市民ランナーをしており、打って走って守れる噺家です。コロナ問題を乗り越えて立ち上がるスポーツを応援しようというこのコーナー、私らしく軟らかーくおしゃべりしたいと思いますので、肩の力を抜いてお付き合いください。

元球児にして市民ランナーの真打ちがご機嫌をうかがいます

箱根駅伝の往路スタート。お正月にはおなじみの光景です。(今年の第97回大会)
箱根駅伝の往路スタート。お正月にはおなじみの光景です。(今年の第97回大会)

 あけましておめでとうございます。お正月の落語界は初席で大忙しですが、スポーツも盛りだくさん。中でも駅伝は面白かったですね。

 ニューイヤー駅伝から箱根駅伝。テレビをつけると走っていました。今年は風が強くて大変だったようです。背の高い選手を風よけにして後ろに選手がついていて、その2人を見ながら横にもう1人走っていた。風よけにされた選手は、

「俺の後ろにつくな」

って感じなのがテレビでもなんとなく分かりました。

 ラスト1・5キロくらいで、並走して2人を見ていた選手が、一気にスパートをかけて前に出た。それを見て、風よけの後ろについてた選手もそれについて出て行った。そうしたら、それまで前に行けって言ってたはずの背の高い人が、

「待ってくれ~」

って感じで…勝手な想像をして面白く見てました。

 箱根駅伝を見ていたら、往路のスタート直後が、超スローペースでした。1区はタイムより順位です。ここで遅れたら後に響くので、風の強かった今年は選手間の駆け引きが面白かったですね。

 私の母校は全国高校駅伝で8回の優勝歴があって日本陸上界に多くの選手を輩出している西脇工業(兵庫)で、また、私は高校卒業後に2年間ほど富士通に勤務していました。だから、高校駅伝から元日のニューイヤー駅伝(今年は富士通が優勝しました)、そして箱根駅伝へと続く年末年始は楽しみな季節なのです。今年の箱根駅伝でも母校の後輩が6人も走っていました。

掛け声でバレちゃった

 「駅伝」とはもともと古代の交通制度だそうです。街道に駅を設け、遠方に荷物や書状を届けるために設置された乗り継ぎの伝馬(てんま)制度にヒントを得たとか。

 昔は駅伝大会に、脚自慢の人力車夫が〈替え玉〉で混じっていたこともあったようです。快走で注目されたのですが、最後には正体がバレちゃった。なぜかというと、他校の選手を追い抜く時に「アラヨッ」と、車夫独特の掛け声を発してしまったからだとか。これ、「反対俥(はんたいぐるま)」という落語のマクラで使わせてもらってます。

 私の故郷、兵庫県の旧黒田庄町(今の西脇市)では毎年12月に町内一周の駅伝大会がありまして、7区間で20・3キロを地区対抗で走りました。小学生ぐらいから、大会が近づくとチームが夜に集まって練習をしました。練習後にはスポーツ飲料が配られるんですが、寒いのに冷たい飲み物なので評判が悪い。世話役の人が交代して温かいココア飲料に変わった時はうれしかったなあ。練習の集合場所は古い公会堂の平屋の建物なんですが、寒いとみんな外に出たがらない。まるで落語の「二番煎じ」の番小屋みたいです。

たすきをつなぐ瞬間。渡す方も受け取る方もいい顔してますね。(2020年の第96回箱根駅伝)
たすきをつなぐ瞬間。渡す方も受け取る方もいい顔してますね。(2020年の第96回箱根駅伝)

 1区はだらだらと下るコースですが、距離が一番長い5キロなので、誰が走るかいつも押し付け合いになって、私も高校1年生の時に走りました。さすがに陸上部の子にはかなわなかったけれど、それでも14チームの中で4位。タイムもしっかり覚えています。16分46秒! それが私のピークでした。

 駅伝はなぜ、国民に愛されるのか。レースが途切れないように一本のタスキをつないで全員がチームのために頑張る、その「和」の精神がいかにも日本人らしいというところなのでしょうかね。

見えないたすきをつないだ思い出

 実は、我々のホームグラウンドである寄席でも「つなぐ」ことは大事なんです。寄席では、自分の出番の時間に合わせて楽屋入りして、高座が終われば帰る、あるいは次の仕事場に向かう、というのが普通です。ところが、何かの事情で楽屋入りが遅れると、直前の高座に上がっている芸人は時間つなぎをしなければいけなくなります。

 舞台の袖を見ると、次の人が来ているかどうか分かるようになっているのですが、それでも勘違いやら何やらで高座を下りてしまって、次の人がいないと、窮余の一策として前座が高座に上がります。

 私も前座時代に、正月初席の浅草演芸ホールで時間つなぎの高座に上がったことがありました。初席は出演者が多いので一人の持ち時間は6~7分ですが、私はその時「堀之内」という噺を7~8分やりました。前座は、客席が暖まっていない開口一番で上がるのが普通ですから、あまり受けないものですが、その時は満員の観客に大いに受けました。楽屋に戻ったら、後の演者が5~6人詰まってしまっていて、「いつまでやってるんだ」と怒られました。今から考えると、ちゃんとしたつなぎになっていなかったと、反省します。

 寄席もみんなで「見えないたすき」をつなぐのです。もっとも今は携帯電話ですぐに連絡が取りあえるので、昔のように「つなぐ」光景はほとんど見られなくなりました。番組を円滑に進めるために、「長めにお願いします」とか「短めにしてください」などと演者にお願いしてあらかじめ時間調整をする「タイムキーパー」役の前座の腕の見せ所でもありますが、ダメな前座ほどハプニングも起きて面白い。それが後々の笑い話になったりして…

 そろそろお時間です。次回もお付き合いのほどをよろしくお願いいたします。

プロフィル
隅田川 馬石( すみだがわ・ばせき
 1969年兵庫県生まれ。石坂浩二さんの主宰劇団に所属した後、93年10月に五街道雲助に入門して前座名「わたし」。97年9月にニツ目昇進で「佐助」。2007年3月に真打ちに昇進して四代目「隅田川馬石」を襲名。ゆったりと軟らかな語り口で滑稽噺(こっけいばなし)から師匠譲りの芝居噺、人情噺も手掛ける古典落語の名手。高校時代は野球部で9番・サード。趣味のマラソンではフルで4時間を切る「サブフォー」の実力者でもある。高座名は、馬をつなぎとめるのに使われたと言い伝えられる隅田川沿いの駒止石(こまどめいし)に由来する。十代目金原亭馬生を大師匠に持ち、落語界では「馬派」とも呼ばれる。

受賞歴
1999年 北とぴあ若手落語家競演会奨励賞
2007年 第12回林家彦六賞
2012年 文化庁芸術祭大衆芸能部門新人賞
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1772467 0 馬石のやわらか噺 2021/01/15 17:00:00 2021/01/15 17:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/01/20210112-OYT8I50096-T.jpg?type=thumbnail

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