[スポーツの力]こころを動かす<1>復興 芝と汗と

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 東日本大震災から8年。月日の中で私たちは、様々な「人の力」を見た。それは意思や忍耐といった、人の心が培ったものだ。そこには、スポーツに何かを託し、体を動かすことを通じ、前を向こうとした人々もいた。心を動かすスポーツの力。それを見つめることは私たちに、より豊かに生きる手がかりを与えてくれるかもしれない。「スポーツの力」第2部は、心との関わりを考えます。

 

Jヴィレッジ 奇跡の再開

激しい風雨に見舞われたJヴィレッジだが、新設された全天候型練習場で大学のサッカー部員たちが体を動かした(11日午後、福島県楢葉町で)=菅野靖撮影
激しい風雨に見舞われたJヴィレッジだが、新設された全天候型練習場で大学のサッカー部員たちが体を動かした(11日午後、福島県楢葉町で)=菅野靖撮影
選手たちのプレーを見守る高田豊治総監督(11日午後)
選手たちのプレーを見守る高田豊治総監督(11日午後)

 11日、福島県のスポーツ施設「Jヴィレッジ」(楢葉、広野町)で大学生のサッカー交流試合が行われた。参加したチームの総監督を務める高田豊治さん(71)は「日常が戻ったようで感慨深い。人々に元気や誇りを感じ取ってもらえたら」と、4月の全面再開を前に、汗を流す若者たちを見つめた。

 震災当時運営会社の副社長だった高田さんは、原発事故対応の前線基地へと変貌したJヴィレッジの再興を働きかけ続けた。「灯を絶やさない、その一心だった」。意思を支えたものがある。

 被災者の運動不足解消に、Jヴィレッジのフィットネスジムを仮移転したいわき市で、人々が汗を流し、交流し、心のよりどころとしていく姿だ。体を動かし前向きな気持ちになってもらうことが、復興の力にもなる――。運営会社を離れた後も、浄財が集まり、芝が再生し、奇跡のような復活を遂げるJヴィレッジに思いを託してきた。

 体を動かすことは、私たちの心を、本当に前に向かせてくれるのだろうか。

 体を動かすと、例えば頭がすっきりし、気持ちが晴れる。達成感や満足感、小さな自信がわく。脳の血流が良くなり、痛みを抑えたり快感を覚えたりする脳内物質が分泌されるからという。

 被災地では、指導資格を持つ人などが軸になり、運動の輪が広がった。宮城県岩沼市で行われた千葉大の調査では、歩行時間の増加や運動グループへの参加頻度が、うつの緩和につながったという。米国でも昨年、体を動かすとどんな年代でも心の健康に効果があり、落ち込む日が減るというデータが発表された。

 「肯定的感情が強いと、病気になるリスクが下がることが分かっています。そして体を動かすことは、リラックスし気分を良くする、最も簡単で効果的な方法です」。東北大学の辻一郎教授(公衆衛生学)は言う。健康や生き方の源とも言える「心」の持ち方を、自分である程度コントロールできるのだとしたら。そのカギの一つを握るのが、体を動かすことだとしたら。

 選手たちの活躍も、前を向かせるもう一つの力だ。サッカー日本女子代表「なでしこジャパン」の2011年ワールドカップ優勝や、羽生結弦の五輪2連覇など、被災地に確かに届いたスポーツの力があった。終戦直後の古橋広之進、1964年東京五輪の東洋の魔女、2014年ソチ五輪の浅田真央の涙――。選手がひたむきな努力を続け、挫折と苦闘を味わい、何かを成し遂げようとする軌跡に、私たちは思いを重ねてきた。

 「スポーツには、人の心に何かを伝える力がある」。鈴木大地スポーツ庁長官が言う。12日で開幕500日前となった20年東京大会。聖火が福島県から出発する時、私たちはそこに、どんな心への力を見るだろうか。

 ◆原発事故後 対策拠点に

 福島県の楢葉町、広野町にまたがる約50ヘクタールの土地に建設された。天然芝、人工芝のピッチを多く備え、ホテルもあることから、日本代表から草サッカーまで、幅広いチームの合宿施設として使われてきた。

 約20キロ北にある東京電力福島第一原発の事故後は、対応にあたる国や自衛隊、東電の事故対策拠点となった。芝生のピッチは自衛隊のヘリポートや砂利敷きの駐車場として使われ、車両の線量検査や除染も行われた。スタジアムにも仮設の寮が建てられた。

 

再起へ一歩 こぎ出す

 自分で体を動かす。若い選手たちを支援する。人とつながる。広い意味でのスポーツは、被災地の人々の心にどんな思いを生んできたのだろう。宮城、岩手、福島県で、人々が自ら始めたスポーツとの関わりに、その答えを探してみた。

 

自転車 悲しみ癒やす…走る 娘失った大川小へ

大川小で次女を亡くした鈴木典行さん(右)。中村精一郎さんと店で談笑
大川小で次女を亡くした鈴木典行さん(右)。中村精一郎さんと店で談笑
自転車で体を動かすことで少しずつ心が軽くなっていった(いずれも2月23日、宮城県石巻市で)=関口寛人撮影
自転車で体を動かすことで少しずつ心が軽くなっていった(いずれも2月23日、宮城県石巻市で)=関口寛人撮影

 スポーツ自転車のロードバイクで、宮城県石巻市の北上川沿いを北東へ。同市の会社員、鈴木典行さん(54)がいつも向かうのは、市立大川小学校の旧校舎だ。東日本大震災の津波で、6年だった次女の真衣さん(当時12歳)が亡くなった場所でもある。

 以前は、大川小の女子ミニバスケットボールのコーチを務めていた。「下の子の面倒をよく見る優しい子」だった真衣さんもチームにいた。震災後、知人から小学生のバスケの指導を頼まれた。だが、真衣さんや亡くなったチーム員の姿が重なり、どうしても引き受けられない。代わりにランニングを始めたが、気分は晴れない。2015年春、「自転車ならランより遠くに行ける」と、中古のロードバイクを購入し、乗り始めた。

 次第に筋力がつき、体重は10キロ・グラム以上減った。主に春から秋にかけ、週1回、60~100キロ・メートル程度乗る。「達成感や充実感がある。スポーツを楽しむ余裕が生まれてきた」

 走りながら様々なことが浮かぶ。真衣さんのこと、大川小、仕事……。「不思議と集中できて、考えがまとまる」。自転車の上で自分と向き合う時間が、今ではなくてはならない。

 鈴木さんが通う市中心部のスポーツ自転車店「中村サイクルセンター」は、沿岸部にあった店が津波で全壊し、仮設店舗を経て15年末に再開した。客の大半も被災している。店主の中村精一郎さん(69)は「自転車を通して、少しでも体を動かす楽しさを感じてもらえれば」と話す。

 同店を利用する東松島市の大久保哲也さん(45)は、津波で岩手県釜石市の実家にいた父の勉さん(当時71歳)を亡くした。自転車を通した仲間の存在が、少しずつ心を軽くした。「震災で助けられた分、恩返しがしたい」と、訪日外国人のサイクルツーリズムにもかかわり始めた。震災を経て生まれたスポーツの楽しみが、被災地を少しずつ元気にしている。

 

地域の輪 体操がつなぐ

 自分の健康は自分で守ろう――。震災直後から、被災地で広がった体操の輪。体を動かすことが、人々の心に何をともしたのか。

被災地住民 前向く一助

災害公営住宅前で「ゆめちゃん体操」を行う藤野恵美さんと住民たち(2月24日、岩手県陸前高田市で)
災害公営住宅前で「ゆめちゃん体操」を行う藤野恵美さんと住民たち(2月24日、岩手県陸前高田市で)

 雲一つない青空の下で、体操が始まった。2月下旬、岩手県陸前高田市にある県内最大の災害公営住宅前。音楽に合わせ、入居者たちが体を動かす。健康運動指導士の藤野恵美さん(63)(同県一関市)の指導する「ゆめちゃん体操」だ。

 災害公営住宅では、以前の地縁が失われ、高齢者などが孤立するリスクも指摘される。「体操は人と人をつなぐし、体を動かすと心が晴れて気分が良くなる。表情が和らぎ、心と体が動くのです」

 藤野さん自身、体操指導中に震災を体験し、陸前高田市内の避難所で一晩過ごした。当初はエコノミークラス症候群予防などのため避難所で、その後も同市内をはじめ仮設住宅や災害公営住宅で、1600回以上続けてきた。

 市民の間でも自発的な輪が広がる。健康運動サークル「たかた☆ハッピー♪ウェーヴ!」。震災直後、メンバーは「体操どころではない」と考えた。多くが津波で自宅を流され、家族や親類を亡くした人も。でも藤野さんらの後押しもあり、11年5月に再開、仮設住宅を回って活動を始めた。

 メンバーの鈴木順子さん(68)は自宅を流され、市の保健師をしていた当時35歳の娘を亡くした。今でも川の流れに反応して体がこわばる。

 前を向いていられるのは、サークルの活動があるからだ。「体操をしている間は現実を忘れられた。指導も『楽しいね、また来てね』と喜ばれた。それは自分のためでもあった」。仲間と体を動かすことが、人々の生きる力にもなった。

[やってみよう!]音楽に乗って 笑顔でイチニ

 健康運動指導士の藤野恵美さんが振り付けを考案した「ゆめちゃん体操」は、明るい曲に合わせて、体をしっかり動かします。腰を回したり、膝を上げたりして全身をくまなく動かすのが特徴です。ふくらはぎのストレッチで血流が良くなり、背中や股関節をほぐすことで腰痛や肩こりの予防にもなります。

 震災直後には、エコノミークラス症候群の予防に、ストレッチで体をほぐす体操も取り入れていました。藤野さんによると、最大のポイントは笑顔です。明るく楽しく運動することで、心も晴れやかになります。

 

避難先 快挙支えた絆

 東京電力福島第一原発事故で練習環境が変わっても挑戦を続け、県民の心をつかんだ若者たちの活躍がある。手弁当で支援に当たった人々は、スポーツを介した絆に何を見たのか。

富岡の中学生 猪苗代が応援

昨年の全国大会で全6部門を制覇する快挙を成し遂げた富岡一中バドミントン部選手のプレー(C)S.P.N
昨年の全国大会で全6部門を制覇する快挙を成し遂げた富岡一中バドミントン部選手のプレー(C)S.P.N

 福島県猪苗代町、相原真さん(63)の接骨院は、「部室」と呼ばれている。原発事故の影響で猪苗代町の中学校に通う、富岡町立富岡第一中学校バドミントン部の生徒たちを、相原さんがマンガとお菓子を用意して迎える。久しぶりに顔を出す卒業生は「ただいま」と言って扉を開ける。

 原発事故から約2か月後、避難してきた同中の生徒たちを応援しようと、ボランティアでトレーナーを買って出た。定休日の木曜日には練習場に赴き、故障を防ぐ事前運動の指導や練習後のマッサージを行う。

 薬局店、自転車店から餅つきを行ったお寺まで、支援の輪は町全体に広がった。人々の思いにこたえ、チームは全国大会で好成績を残し、昨年には男女のシングルス、ダブルス、団体の全6部門を制覇する偉業を成し遂げた。逆境に負けず挑み続けた生徒たちは、「猪苗代、富岡の名を背負って出場する最後の大会だったので、苦しいところでも諦めずに頑張れた」と振り返った。地元はしばらく選手たちの話題で持ちきりで、相原さんはスーパーの店員からも「よく頑張った」と声をかけられ、喜びが倍になった。

 4月から、生徒たちの練習拠点は、県立ふたば未来学園高校のある広野町に移る。選手たちがくれたユニホームを前に、相原さんは言う。「町の人たちにかけがえのない思い出を残してくれた。この絆は決して切れない。町の人たちの総意です」

 

勇気くれた あの雄姿

「気持ち」健康に直結

 私たちは、体を動かすことで気持ち良さや達成感を感じたことがある。選手の涙や笑顔に思いを重ね、勇気をもらったこともある。スポーツには心を動かす力がありそうだ。でもその影響度は目に見えにくい。どう考えたらいいのかを、専門家に聞いてみた。

「できる」が励み

 老化の気配が気になる高齢者には、自分が「できる」という手応えが、何よりの励みになる。メタボ寸前の働く世代なら、体と心が変わるのを感じれば、自分がちょっと誇らしくなる。子どもたちにとっては、憧れが夢や目標ともなる――。心が前を向くスポーツ(運動)の力。それは、私たち一人ひとりの、生き方に近い部分にも関わるようだ。

 被災地などで調査をしてきた研究者も、体を動かすことが、生きる力につながってきた可能性を指摘する。「私たちはこれまで、心が体や健康に及ぼす影響について、過小評価してきたのです」。宮城県石巻市などで住民の継続調査を行ってきた、東北大医学部の辻一郎教授は言う。宮城県岩沼市の65歳以上の高齢者について、千葉大予防医学センターが震災前から行ってきた調査では、「歩行時間が増えたり、運動グループへの参加頻度が高まったりすると、高齢者の心の健康に良い効果が見られた」(辻大士特任助教)という。

 五輪メダリストでなでしこジャパンのメンタルコーチも務める田中ウルヴェ京氏は、スポーツ心理学の立場から「運動は感情に肯定的な影響を及ぼし、痛みから一時的に離れさせる効果を持つ」と言う。震災後、黒い色ばかりで絵を描いていた子どもたちが、選手と体を動かすうち初めて笑顔を見せ、人に触れられるようになった。そんな事例も報告されている。

自分の役割発見

 オックスフォードとエール大の研究グループは昨年、米疾病対策センターが行った、計約120万人の米国人を対象にした調査を分析。スポーツから家事まで、身体活動を行うことは、年齢や性別にかかわらず、程度の違いはあっても心の健康に好影響を及ぼすという結論を導いた。メンタルヘルス(精神衛生)の低下を抑えるために最も効果的な運動の種類や、量についての示唆も関心を集めた。

 他方、数値で表せない部分の大切さを指摘するのは、被災地で運動ネットワーク作りを推進してきた東北大医学部の永富良一教授(運動学)だ。「スポーツの心への影響は、健康の観点だけでは語れない。それは価値のごく一部です。例えば人とつながり、自分の役割を見つけ、生きていることの楽しみを感じる、それが『遊び』を語源とするスポーツの本質です」

 心を動かす感動や共感。体を動かし知った、達成感や自信。そんな影響が、振り返ると自身や人生の変化につながっていたという経験も少なくない。生きる力の源流は、小さな心の変化にあるのかもしれない。

論理ではなく 心に響く…室伏広治氏 44 ハンマー投げ アテネ五輪「金」

 東京2020組織委員会でスポーツディレクターを務める室伏広治氏に聞いた。

 

 むろふし・こうじ 陸上男子ハンマー投げのアテネ五輪、大邱(テグ)世界陸上金メダリスト。2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会スポーツディレクター。東京医科歯科大教授。
 むろふし・こうじ 陸上男子ハンマー投げのアテネ五輪、大邱(テグ)世界陸上金メダリスト。2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会スポーツディレクター。東京医科歯科大教授。
大邱世界陸上で優勝し、宮城県石巻市立門脇中学校の生徒たちの寄せ書きの旗(左)とともに
大邱世界陸上で優勝し、宮城県石巻市立門脇中学校の生徒たちの寄せ書きの旗(左)とともに

 スポーツには力があるのだと、改めて感じたのは石巻でした。あの年訪れた中学校で、誰かを亡くし、多くを失った生徒たちを前に、2011年大邱テグ世界陸上でのメダルを約束しました。36歳の自分が、アスリートとして最大の挑戦をする、その覚悟がなければ、子どもたちに頑張れとは言えないと感じたからです。

 生徒たちからは試合前に寄せ書きが届いた。人はこんな時に、他者を気にかけたりできるのだと驚きました。金メダルを取って学校に戻った時、彼らの心に触れたようでした。友人を失いふさいでいた男の子らが、今も手紙をくれています。

 一緒に体を動かすことで、また笑顔になっていく子どもたちの姿は印象的です。スポーツは自分の感覚を使うので、感情に直結し、心に響くのだと思います。論理ではない力です。

 スポーツは、選手だけのものではない。自分に合うやり方で体を動かせばいいのです。乗り越え達成した時の充実感や、変われるのだという手応えは、何にも代えがたい喜びです。それは自分でしか味わえない。

 20年大会も機に人々が、実は自分を幸せにする何かは、ごく身近にあったんだと、気づいてくれたらと思います。それに、体を動かすのはタダですしね。(談)

 

 編集委員・結城和香子、郡山支局・石塚人生、福島支局・佐藤雄一、運動部・大塚貴司、宮地語が担当しました。

483370 1 その他 2019/03/12 05:00:00 2019/03/12 05:00:00 2019/03/12 05:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/03/20190311-OYT1I50090-T.jpg?type=thumbnail

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