無月経に苦しんだ過去、ハーフマラソン日本記録保持者がツイッターで打ち明けた理由

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 身を削るような激しいトレーニングや減量の影響で、月経が止まってしまう女性アスリートの問題は今も根強い。陸上の女子ハーフマラソンで日本記録を打ち立てた新谷仁美(にいや・ひとみ、積水化学)は今年、無月経に悩んだ過去をツイッターで打ち明けた。日本スポーツ界でタブー視されたテーマに、なぜ彼女は声を上げたのか。(運動部・平野和彦)

インタビューに答える新谷仁美=2020年10月30日、園田寛志郎撮影
インタビューに答える新谷仁美=2020年10月30日、園田寛志郎撮影

アスリートとしても女性としても「必要です」

 「無月経になるまで追い込むことがかっこいいのか」「アスリートとしても、女性としても(月経は)必要です」

 はっきりとした主張や問いかけの言葉が並ぶ。32歳の今も記録を向上させる新谷は、2013年の世界選手権1万メートルで5位入賞を果たしたころ、人知れず無月経に苦しんでいた。当時の心境や振り返って思うことを、今年の初めごろから数回にわたって、ツイッターで発信した。

 反響は大きく、「よくぞ言ってくれた」と賛同するコメントが相次いだ。裏を返せば、まだまだ自由には議論できない環境にあるということ。「私の中では勇気を出したつもりはなかった。むしろ(このテーマで発言することへの)ハードルの高さに驚いた」

 無月経の問題を取り上げるのは、ツイッターを始めた時点で心に決めていたことだった。「妊娠と同じで、悪いことじゃない。隠す方が、女性自体を否定されている気がする」と語る。

 地元・岡山県の中高生ランナーだったころから、月経の大切さは母親から説いてもらっていた。「どんなに体重が減っても、故障しても、絶対に(月経を)なくしてはいけない」という教えのもとで育った。ところが、25歳だった13年、かかとの痛みに苦しむと、「体重を落とせば、痛みを緩和できる」と思い込んだ。

 1メートル65の身長に対し、体重40キロ、体脂肪率3%まで身を削り、月経が初めて止まった。不安が募ったが、仲間やスタッフに相談できず、一人で抱え込んだ。「お給料をいただいている以上、結果を残さなければ」という責任感からの減量だったが、「今振り返ると、浅はかだった」。

 帰省した際、やせ細った体に母親の顔がみるみる青ざめた。それを見て、新谷の心も悲鳴を上げた。世界選手権の翌年、「メダルまであと一歩」と称賛された直後だったにもかかわらず、故障を理由に現役引退を表明した。

 引退して間もなく、幸い月経は正常化し、2年前に現役復帰した。「いつなくなるか怖い」と不安は消えず、自身の体の変化には気を配る。指導を受ける12年ロンドン五輪男子800メートル代表の横田真人コーチをはじめ、周りのスタッフにも相談を欠かさない。「何でも言える環境だからストレスはなくなった」と明るい表情を見せる。

 今季、ハーフマラソンで日本記録の1時間6分38秒をつくり、5000メートルでは日本歴代2位の14分55秒83をマークした。チーム初優勝を目指す11月22日の全日本実業団対抗女子駅伝、優勝すれば東京五輪代表に内定する12月の日本選手権1万メートルに照準を定める。

2013年の陸上・世界選手権、女子1万メートルで5位入賞した新谷の力走(右)
2013年の陸上・世界選手権、女子1万メートルで5位入賞した新谷の力走(右)

競技力の低下につながるとの説も

 「利用可能エネルギー不足」「無月経」「骨粗しょう症」は、女性アスリートの三主徴(三つの主な症状)と定義される。たとえば、体重や体形を気にするあまり、食事量を減らして猛練習を続けると、運動量に対してエネルギー摂取量が不足しがちになる。それが無月経や骨密度の低下を招き、骨粗しょう症や疲労骨折のリスクが高まる。女性アスリートにとって、無月経や月経不順は利用可能エネルギー不足の状態のサインであるケースが多い。

 東京大学医学部産婦人科学教室の15年の資料によると、無月経の割合は体操やフィギュアスケートなど審美系が16・7%と最も高く、陸上長距離のような持久系が11・6%で続いた。近年の日本スポーツ界では、トップレベルに関して言えば、女性アスリートの三主徴などの情報や問題意識の共有が進み、月経のない女性選手には受診を促す指導者も増えてきた。

 しかしながら、「月経はない方がいい」とする指導も、今なお残る。月経に伴う腹痛や頭痛、むくみ、集中力低下やイライラなど、一時的に表れる症状を競技の妨げになると受け止める指導者もいるからだ。東京大学医学部附属病院女性診療科・産科で女性アスリート外来を担当する能瀬さやか医師は「根深いのは中高生スポーツの現場」と指摘する。骨が形成される成長期でありながら、指導者や選手らが目先の大会や記録を重視し、なかなか理解が広がらないという。

 一方、海外では女性アスリートの三主徴の起点でもある利用可能エネルギー不足の状態は、月経や骨の問題のみならず、筋力・持久力などを含めた競技力低下につながるという考え方が注目されている。能瀬医師によると、エネルギー不足の状態にある無月経の選手と適切なエネルギーバランスの状態にある月経周期が正常な選手の12週間にわたるトレーニング効果を比較した研究もあり、無月経の選手の方が効果が低いというデータが出たという。

 また、能瀬医師らの調査では、現役中に無月経、月経不順だった選手は引退後、不妊治療を受ける割合が高かったという。「不妊の因子はたくさんあるので一概に言えないが、月経周期異常が引退後の妊娠に影響を与えた可能性はある」と警鐘を鳴らす。

 能瀬医師は「中高生には、パフォーマンス低下を招くというデータを示した方が響く。『月経がない方が楽』と考える選手に、将来の影響がと言ってもピンとこないケースが多いので、利用可能エネルギー不足による影響についての説明は、年齢や競技特性に応じて変えている」と話す。

数字より感覚を重視 「過去の自分を超えたい」

新谷がツイッターで公開した食事のメニュー
新谷がツイッターで公開した食事のメニュー

 無月経の一因となる利用可能エネルギー不足の改善に効果的なのは食事だ。新谷はツイッターで合宿の食事をたびたび公開する。ある日の食卓には鶏の照り焼き、大根とにんじんのみそ汁、スクランブルエッグ、とろろ、サラダ&ナッツ、ご飯などが並んだ。「強くなりたいんだったら、まず食べて」。そんな願いを込める。

 新谷はここ半年以上、体重計に乗っていない。「最後に量った時が44・5キロだったかな。体重の数字で調子の良しあしを判断していないので」。それよりも、自らの感覚を重視している。「このリズム感がいいんだと、練習で覚える」のだという。

 100グラム単位で体重増減を気にする中高生ランナーは多く、身を削ってでも速くなろうとする心境は、痛いほど分かる。だから、否定はしないし、自分のやり方を押しつけるつもりもない。彼女たちの気持ちをくんだうえで「しっかり食べて体を作り、メンタルも含めて強くなってほしい。速さを優先し、強さを後回しにすると、体や心を壊す」とメッセージを送る。一人でも多くの選手に「新たな道」を示せたら――。そう思うから、自身の体験を隠さずに伝える。

 ツイッターで発信を始めてから、女性の体について改めて勉強し、個人差が大きいことを知った。自身も30歳を過ぎてから、激しい月経痛に悩まされる。「女性の体は年々変わる。その分、力をつければいい」。そう考え、競技力を高め続ける姿は、女性アスリートのロールモデルだ。

 ツイッターには、こうつづった。「何かを削る事でしか表現できなかった過去の自分を超えたくて戦っています」

 一つ間違いなく言えること。新谷は今が一番、輝いている。

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1641810 0 その他 2020/11/20 16:30:00 2020/11/20 19:19:52 2020/11/20 19:19:52 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/11/20201120-OYT1I50064-T.jpg?type=thumbnail

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