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ゴクミとアレジの愛息がSF初優勝 G・アレジが語るジャパニーズ・ドリーム

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 レーシングドライバー、ジュリアーノ・アレジ選手(21)が、日本の自動車レースの最高峰「スーパーフォーミュラ」(SF)で初優勝した。フェラーリやティレルなどで活躍した元F1ドライバーのジャン・アレジさん(56)と、女優・モデルで「ゴクミ」の愛称で知られる後藤久美子さん(47)の長男だ。今春、ヨーロッパから日本に活動拠点を移した海外育ちのルーキーが、参戦2戦目で優勝をもぎ取るのは過去にも例がない。父の背中を追い、母の母国で新たなレースキャリアを歩み出した若者に今の心境を聞いた。(読売新聞オンライン 長野浩一)

 >>ジュリアーノ・アレジ 国内最高峰・SF参戦2戦目で初優勝(2021年5月17日)

日本でのレースに応援に来た母・後藤久美子さんと、両親に似た端正な顔立ちのアレジ選手(2021年5月撮影 ©︎arto team Thailand)
日本でのレースに応援に来た母・後藤久美子さんと、両親に似た端正な顔立ちのアレジ選手(2021年5月撮影 ©︎arto team Thailand)

13歳でカートデビュー 雌伏の時を経て日本へ

 アレジ選手は1999年9月20日、フランスでジャンさんと久美子さんの間に誕生した。F1をはじめ、数々のカテゴリーのレースで活躍し、アグレッシブなドライビングスタイルで人気を誇ったジャンさんについて、「子どもの頃から父がレースするサーキットについて行った。F1の頃の記憶はないけど、DTM(ドイツ・ツーリングカー選手権)の頃のことははっきりと覚えている。父は僕にとってアイドルだった」と語る。

子どものころのアレジ選手と後藤久美子さん(©︎EURO SPORTS)
子どものころのアレジ選手と後藤久美子さん(©︎EURO SPORTS)

 両親はスイス・ジュネーブに邸宅を構え、子どもたちの教育にも熱心だったが、「レーサーになりたいという気持ちが変わらないなら」と、2013年、13歳の時にカートレース参戦を許されたという。「6歳からカートレースを始めたライバルもいる。最初は簡単じゃなかったけれど、徐々に慣れていった」と振り返る。

父・ジャンさんの応援を受け、アレジ選手は欧州でレース経験を重ねた(©︎EURO SPORTS)
父・ジャンさんの応援を受け、アレジ選手は欧州でレース経験を重ねた(©︎EURO SPORTS)

 憧れの父の背中を追い、2016年にはフェラーリの若手育成プログラム「フェラーリ・ドライバー・アカデミー」(FDA)の一員となり、F1ドライバーを目指した。フランスのF4選手権やGP3を経て、2019年からF2に挑戦した。だが、F2時代はマシンに恵まれず、2年は勝利を手にすることはなかった。FDAでの活動も2021年1月にフェラーリのF1マシンをテストドライブしたのを最後にピリオドを打った。

 日本に戦いの場を移すことを決断したのは、その頃だ。「アイデンティティーのルーツである日本で、フレッシュな状態でレースキャリアをスタートしたかった」と心境を明かす。

名門「トムス」で再始動 「代打出場」で初勝利つかむ

取材に応じるジュリアーノ・アレジ選手(2021年5月28日、東京都調布市で)=笠井智大撮影
取材に応じるジュリアーノ・アレジ選手(2021年5月28日、東京都調布市で)=笠井智大撮影
アレジ選手が乗るSFLのマシン(トムス提供)
アレジ選手が乗るSFLのマシン(トムス提供)

 来日してトヨタ系の名門チーム「トムス」に所属し、全日本F3選手権の流れをくむスーパーフォーミュラ・ライツ(SFL)に参戦。別のチームからは、国内最大の人気と参加台数を誇るスーパーGTで、GT300クラスに出場している。「今まで経験したことがない支援を受けている。トムスから大きなチャンスを与えてもらった」と感謝の言葉を口にした。

 また、性能差がある二つのクラスの車40台以上が“混走”するスーパーGTには驚いたそうで、「これだけの台数で一緒に走るレースは初めての経験。コースのあちこちでバトルがあるのには驚いたけれど、楽しみながら学んでいる」と語る。

 一方、SFLはF2に比べると格下のカテゴリーだが、「僕は日本でレースをするのは初めて。日本でのレースのやり方を学び、シリーズチャンピオンを目指す」と意気込む。これまでの8戦で4度の2位を含む7回の表彰台入りを果たし、ランキングでは2位につけている。

 「SFLはエンジンパワーが低く、扱いが難しい。ドライビングスタイルを車に合わせて変えるなど、まだまだ勉強することが多い。でも、チャンピオン獲得が難しいとは考えていない」と、これまでの戦いを振り返る。

 そんな中で優勝をもぎ取ったのが、SFLより上のSFだった。トムスはSFを2台のマシンで戦っており、ベテランで元F1ドライバーの中嶋一貴選手(36)が世界耐久選手権(WEC)に出場するため「代打出場」を任されての出場だった。

 自身のSF2戦目となった第3戦オートポリス(大分県、5月15、16日)――。激しい雨の中、15日に行われた予選では、ライバルを抑えてトップタイムをマークした。「アップダウンの激しいコースを走るのは初めて。コースに入るタイミングが完璧で、車もバッチリだった。自分は与えられた仕事をこなしただけ。でも、本当にうれしかった」

表彰台でトロフィーを手にするアレジ選手(中央、トムス提供)
表彰台でトロフィーを手にするアレジ選手(中央、トムス提供)

 翌日、予選に続いて激しい雨に見舞われた決勝では、チームメートの宮田莉朋(りとも)選手(21)と共に1列目からスタート。課題だったスタートも、スムーズに発進することができ、クラッシュやスピンに見舞われるマシンが相次ぐ中、首位をキープした。セーフティーカーによる先導を挟み、再スタートが切られる直前、アレジ選手も水たまりでバランスを崩す場面もあったが、うまく立て直してトップの座を守り抜いた。

 悪天候のため13周目を終えたところでレースは中断。天候の回復が見込めず、11周目終了時点の順位でレースは終了した。「一番大切なのはスタートだった。うまく決めることができたので、あとは一周一周を確実に走るだけだった。天候が回復せず、レースが途中で終わってしまったのは残念だが、チームみんなでいいパフォーマンスを見せることができたのは本当に良かった」と語った。

 レース終了後には、久美子さんにテレビ電話で優勝を報告し、喜びを分かち合った。「母は僕のレースを連日遅くまで見守ってくれていた。少し眠そうだったけれど『おめでとう。よく頑張ったね』と喜んでくれた」という。表彰台の真ん中でフランス国歌を聴き、「優勝」と刻まれたトロフィーを手にした時も「もちろんうれしかった。でも、このビクトリーは僕のものではない。たくさん仕事をしたチームみんなのものだと思った」と話す。

 ちなみに、アレジ選手は日本国籍だが、フランスの団体が発行したライセンスで参加しているため、表彰式ではフランス国旗が掲げられ、フランス国歌が流れるのだという。

 レース後、「グッドジョブ」と祝福してくれた同僚の宮田選手やライバルチームの選手については「彼らのことを本当にリスペクトしている」と語る。特に宮田選手は日本でのレース経験が少ない自分に適切なアドバイスをくれるといい、「本当に感謝している。お互いライバルだけど、いい協力関係も築けている。本当に尊敬できるドライバーだ」と感謝を惜しまない。

<記事は、次ページに続きます>

「初優勝にまつわる二つの縁」「愛車はランクル、好物は…」

【動画】アレジ選手にインタビュー

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